1882年(明治15年)の出来事

自由党結成と立憲改進党

今から144年前の出来事

この年の位置づけ

政党政治の始まり

自由党・立憲改進党など政党が結成され、日本で本格的な政党政治の動きが始まりました。

1882年(明治15年)は、日本が本格的に近代国家へと進み始めた時期にあたります。

政治面では自由民権運動が活発化し、政党が誕生。
社会面では鉄道や電灯などの近代技術が普及し始めました。

「政治の近代化」と「生活の近代化」が同時に進んだ年です。

まず全体を把握

日本はなぜ近代国家としての仕組みを整え始めたのか?

日本銀行の設立や政党の誕生により、政治と経済の基盤が整えられていきます。
明治維新からこの年に至るまでの近代化の流れを時系列で確認できます。

明治時代の流れを一気に理解する →
1882年のポイントQ&A

Q. 1882年は何が起きた?
A. 大隈重信が立憲改進党を結成し、政党政治が動き出しました。

Q. なぜ重要なのか?
A. 国会開設に向けた具体的な政治体制づくりが始まったためです。

Q. この後どうなる?
A. 憲法制定が進み、1889年に公布されます。
1889年(大日本帝国憲法)を見る

1882年の重要出来事

  • 立憲改進党と立憲帝政党が結成され、政党政治が進展した
  • 伊藤博文が憲法調査のためヨーロッパへ派遣された
  • 軍人勅諭が発布され、軍隊の天皇への忠誠が示された
  • 自由民権運動と政府の対立がさらに深まった
  • 憲法制定と近代国家制度整備が本格化した

出来事・事物起源・話題

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1月1日
全国人口3,670万118人(東京98万2,143人)
1月4日
陸海軍に「軍人勅諭」が発布される
1月24日
結城宗広を祀る結城神社が別格官幣社に列せられる
1月31日
日本初の生命保険金受取人が現れる
2月15日
東京大学に植物学会が創立される(植物学研究の始まり)
2月25日
参議伊藤博文、憲法および制度研究のため欧州へ派遣される
2月25日
兵器博物館である遊就館が東京九段上に竣工し、開館式を行う
3月1日
松方正義大蔵卿、「日本銀行創立ノ議」を建議する
3月14日
伊藤博文、憲政視察のため欧州へ出発する
3月15日
中央気象台で常設の地球磁気観測が始まる
3月16日
立憲改進党の結党式が行われる
3月18日
渋沢栄一、大倉喜八郎らが東京電灯会社設立を出願する
3月20日
上野動物園が開園する
3月24日
ドイツの細菌学者コッホが結核菌を発見し、ベルリン学会でその予防法を発表する
4月5日
井上馨、条約改正交渉に関連して内地開放を表明する
4月6日
板垣退助、遊説中に襲撃される
4月28日
東京上野の帝室博物館(現在の東京国立博物館)が落成する
4月30日
伊勢神宮が神官の研究・教育機関として神宮皇学館を設立する
5月3日
東京気象学会が設立される
5月29日
東京でコレラが発生し、死者は3万人以上に及ぶ
6月3日
集会条例が改正され、政治結社に大きな打撃を与える
6月3日
林子平と佐藤信淵に正五位が追贈される
6月5日
嘉納治五郎、東京下谷北稲荷町永昌寺書院に柔道場を開設する(講道館の始まり)
6月7日
警視庁に保安課を新設する
6月25日
東京馬車鉄道が新橋・日本橋間で開通する(車両総数6両)
6月25日
上野・高崎間の鉄道が開通する
6月27日
日本銀行条例が公布される
6月27日
神戸・横浜など7港で悪疫防止のため船舶検疫制度が実施される
7月23日
朝鮮京城で内乱が発生し、暴徒が王宮や日本公使館を襲撃する(壬午事変)
7月30日
朝鮮での事件を受け、日本軍艦を急きょ派遣する
8月5日
戒厳令が制定される
8月12日
徴発令を定める
8月15日
山県有朋、煙草税増税による軍備拡張を建議する
8月22日
東京初の路面電車が開業する
8月30日
日韓両代表の間で済物浦条約が締結される(壬午事変の賠償問題を解決)
9月4日
ニューヨークで初めて電灯が点灯する
9月22日
陸軍裁判所を廃止し、東京鎮台に軍法会議を設置する
10月1日
第1回内国絵画共進会を開催する(農商務省主催、洋風画の出品は認められなかった)
10月10日
日本銀行が開業する
10月21日
大隈重信・小野梓らが東京専門学校の開校式を挙行する(早稲田大学の前身)
10月31日
海軍兵学校条例が制定される
11月11日
板垣退助・後藤象二郎が横浜を出発し渡欧する
11月13日
陸軍大学校条例を制定する
11月19日
右大臣岩倉具視、海軍拡張を建議する
11月23日
身延山久遠寺が焼失する
11月24日
兵備拡張のため地方長官を召集する
12月1日
福島県自由党幹部の河野広中らが、政府転覆計画の容疑で逮捕される(福島事件)
12月2日
東京馬車鉄道を延伸し、京橋―上野間が開業する
12月11日
為替手形条例・約束手形条例が公布される
12月12日
請願規則が布告される
12月28日
朝鮮特命全権公使朴泳孝、副使金晩植らが東京を発ち帰国する
12月29日
村田経芳、村田銃の発明により叙勲される
12月31日
陸奥宗光、禁固5年の刑期を終え出獄を許される

この年に始まったこと

1882年(明治15年)は、政党政治や近代軍制の整備が進んだ年です。自由民権運動の流れを受けて新たな政党が誕生し、また軍の統率体制にも大きな変化が生まれました。

  • 立憲改進党が結成された
    大隈重信を中心に立憲改進党が結成され、自由党と並ぶ有力政党として活動を開始しました。
  • 軍人勅諭が発布された
    明治天皇の名で軍人勅諭が発布され、日本軍の精神的な指針となる統率体制が始まりました。
  • 日本銀行設立への準備が始まった
    日本銀行条例が制定され、近代的な中央銀行創設へ向けた体制整備が始まりました。
  • 政党間競争の時代が始まった
    自由党と立憲改進党が並び立つことで、本格的な政党政治の基盤が形成され始めました。
  • 憲法制定に向けた制度研究が本格化した
    伊藤博文が欧州へ渡り、近代憲法の調査研究を開始しました。後の大日本帝国憲法制定へつながる重要な第一歩となりました。

1882年は、「政党政治と近代国家制度づくりが始まった年」でした。

この年は何が変わったのか

1882年(明治15年)は、憲法制定と近代国家建設へ向けた制度整備がさらに進んだ年でした。一方で、自由民権運動や政党活動も活発化し、日本は本格的な立憲政治時代へ近づいていきます。

伊藤博文によって憲法調査が進められた

伊藤博文はヨーロッパへ渡り、ドイツを中心に各国の憲法制度を調査しました。この調査は後の大日本帝国憲法制定へ大きな影響を与えていきます。

立憲改進党によって政党政治が広がった

大隈重信らは立憲改進党を結成しました。自由党と並ぶ有力政党の誕生によって、日本では本格的な政党政治への流れが強まっていきます。

軍人勅諭によって軍隊統制が強化された

明治天皇は軍人勅諭を発布し、軍人に対する忠誠や規律を示しました。これによって日本軍は天皇への忠誠を重視する軍隊として整備されていきます。

福島事件によって自由民権運動への弾圧が強まった

自由民権運動が広がる中、政府は運動への警戒を強めていました。福島事件では民権派への取り締まりが行われ、政府と民権派の対立はさらに激化していきます。

殖産興業によって近代産業化が進展した

鉄道・通信・工業化政策は引き続き進められ、日本の近代産業は徐々に発展していきました。文明開化の流れも都市部を中心にさらに広がっていきます。

立憲国家への準備が本格化した

憲法調査、政党結成、政治制度整備などが進み、日本は本格的に立憲国家への道を歩み始めました。1882年は、近代日本の政治体制づくりがさらに具体化した一年でした。

この年の重要人物

1882年(明治15年)は、自由民権運動が新たな段階へ進み、日本初の本格的な政党が誕生した年です。また、軍制改革が進められ、軍人勅諭が発布されるなど、近代国家としての制度整備も進展しました。この年を理解するうえで重要な人物を整理します。

  • 板垣退助
    自由党を結成し、日本初の本格的な政党政治の実現に向けて活動を進めました。自由民権運動の中心人物です。
  • 大隈重信
    立憲改進党の結成に関わり、議会政治の実現を目指しました。自由党と並ぶ政党勢力の中心人物でした。
  • 伊藤博文
    政府の中心人物として憲法制定に向けた準備を進めました。政党の台頭を見据えながら国家制度の整備を進めていました。
  • 山縣有朋
    軍人勅諭の発布に深く関わり、近代日本軍の基礎づくりを進めました。軍の政治的中立と天皇への忠誠を重視する体制を築きました。
  • 福澤諭吉
    慶應義塾を中心に教育と言論活動を展開し、近代的な政治意識や独立自尊の思想を広めました。自由民権運動の時代を語るうえで欠かせない知識人です。

この年を彩った人物

  • 福澤諭吉
    『時事新報』を創刊し、言論活動を通じて近代日本の世論形成に影響を与えました。
  • 嘉納治五郎
    講道館を創設しました。柔道を通じて日本の近代スポーツと教育の発展に大きく貢献しました。

生活の話題

  • 銀座に丸善・森村sl・大倉組などの洋服店ができる
  • 二重マワシを着るものあり、横浜で金巾の輸入最も盛ん
  • 浅草で学生カバン製造され漸次普及する

  • 神戸港で米slの輸入はじまる
  • 大阪に七つの搾乳場あり、牛乳過剰でバター製造を始める
  • 松本市で馬肉を食べ始める
  • 神谷伝兵衛コウザン蜂印ブドウ酒製造に成功する

  • 米国のブラッシ会社より初めて発電機が移入され、銀座二丁目に2,000燭光の弧光燈の電燈を点す

その他

  • 本暦・略本暦は伊勢神宮で領布することになる
  • 田鎖綱記、速記文字を創案、習う者多し
  • 東京に鉄道馬車開通
  • 郵便葉書取扱手続公告
  • 下岡蓮杖、浅草に写真館を開業
  • スダレを豪州に輸出
  • 共同運搬会社・大日本山林会・大日本水産会設立

1882年のポイントまとめ

  • 立憲改進党と自由党が対立した
    大隈重信の立憲改進党と板垣退助の自由党が活動を本格化させ、日本の政党政治が動き始めました。
  • 福沢諭吉が『時事新報』を創刊した
    福沢諭吉は新聞『時事新報』を創刊し、近代日本の言論や社会思想に大きな影響を与えました。
  • 日本銀行設立によって金融制度整備が進んだ
    日本銀行条例が公布され、近代国家としての金融・通貨制度づくりが進められました。
  • 自由民権運動がさらに拡大した
    国会開設や憲法制定を求める動きが続き、政治参加への関心は全国へ広がっていきました。
  • 近代政治国家への準備が進んだ年であった
    1882年は、政党政治・言論活動・金融制度改革が進み、日本近代国家の土台がさらに整備された重要な年でした。

1882年は、政党政治と近代金融制度の整備が進み、日本が立憲国家へ向かって動き続けた年でした。自由党・立憲改進党の活動は本格化し、国民の政治参加への意識も高まっていきます。 政治・経済・言論の各分野で、日本近代化の基盤が広がっていく重要な時期となりました。

1882年のよくある質問 Q&A

Q. 1882年とはどんな年ですか?

1882年は、政党の結成が進み、 日本の議会政治に向けた動きが具体化した年です。

Q. 立憲改進党とは何ですか?

大隈重信が結成した政党で、 立憲政治の実現を目指しました。 日本の政党政治の先駆けとなりました。

Q. なぜ政党が必要だったのですか?

国会開設に向けて、 国民の意見を政治に反映する仕組みが必要だったためです。

Q. 伊藤博文の欧州派遣とは何ですか?

憲法制定のために、 伊藤博文がヨーロッパへ渡り制度を調査しました。 これが憲法制定の基礎となります。

Q. 軍人勅諭とは何ですか?

軍人の行動規範を示したもので、 近代軍隊の精神的基盤となりました。

Q. なぜ1882年は重要なのですか?

政党政治と憲法制定の準備が同時に進み、 日本の政治体制が具体的に形づくられ始めたためです。

Q. 1882年の出来事はその後どうつながりますか?

憲法制定が進み、 1889年に大日本帝国憲法が公布されます。
1889年(憲法の完成)を見る

Q. 他に重要な流れはありますか?

政党の活動が活発化し、 議会政治の基盤が整えられていきました。

Q. 1882年の重要人物は誰ですか?

大隈重信、伊藤博文、山県有朋などが重要人物です。

Q. 1882年は日本にとってどんな意味がありますか?

1882年は、政党政治と憲法制定の準備が進み、 近代政治体制が具体化した年です。

次に読むなら

政治と経済の基盤は、その後どのように発展していくのか?

制度や組織の整備を背景に、日本はさらに近代国家としての体制を強化していきます。
明治中期から後期にかけての発展の流れをあわせて理解できます。

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