1870年(明治3年)は、明治政府が国家の基礎を整えながら、「中央集権国家」としての実体を急速に形にし始めた年です。
前年の版籍奉還によって統治の方向性は示されましたが、この年は軍事・制度・産業・生活の各分野で具体的な整備が一気に進みました。
国旗の制定や軍制の統一、産業施設の設置などにより、「国家としての統一」が現実のものとなっていきます。
つまり1870年は、「新国家の仕組みが具体的に動き出した年」といえます。
なぜ明治政府の改革は全国へ広がっていったのか?
中央集権化の進展とともに、制度や軍事の改革は全国へと広がっていきます。
明治維新からこの年に至るまでの変化の流れを時系列で確認できます。
Q. 1870年は何が起きた?
A. 明治政府が中央集権国家に向けた制度整備を進めました。
Q. なぜ重要なのか?
A. 近代国家としての基盤づくりが本格的に始まったためです。
Q. この後どうなる?
A. 1871年に廃藩置県が行われ、日本は中央集権国家へ移行します。
→ 1871年(廃藩置県)を見る
目次
1870年の重要出来事
- 新政府が中央集権化と近代国家建設をさらに進めた
- 平民にも苗字使用が許可され、身分制度改革が進んだ
- 工部省が設置され、殖産興業政策が本格化した
- 各地で近代産業や西洋技術導入が進められた
- 政府内で廃藩置県へ向けた改革議論が進んだ
出来事・事物起源・話題
- 1月3日
- 神道国教化を強化する大教宣布の詔が発せられる
- 1月5日
- 徳川慶喜以下の旧幕臣の罪を宥免する
- 1月17日
- 最初の陸軍始観兵式が行われる(明治天皇、宮城内旧本丸跡にて鎮台兵を御閲兵される)
- 1月27日
- 太政官布告第57号により、日章旗を国旗と定める
- 2月3日
- 大教宣布の詔が発せられる
- 2月3日
- イギリスから蒸気消防ポンプを輸入する
- 2月13日
- 樺太開拓使を設置する
- 2月15日
- 大阪造幣寮(現在の造幣局)が開業する
- 2月20日
- 京都の諸藩兵を兵部省の管轄下に置く
- 3月5日
- 東京湾最初の灯台が品川第二砲台に竣工する
- 3月10日
- 品川第四砲台にも灯台が竣工する
- 3月15日
- 日本初の靴工場(伊勢勝造靴場)が着工する
- 3月17日
- 人力車の営業許可願が提出される
- 3月17日
- 東京築地の尾張藩邸跡に鉄道敷設事務局が設置される
- 3月22日
- 和泉要助発明の人力車に営業許可が下りる
- 4月17日
- 東京駒場の調練場で、在京常備兵による初の天覧演習が行われる
- 4月22日
- 暦本類の密売を禁止する
- 4月23日
- 鉄道敷設費調達のため、英国人から年利9分の公債480万円を募集する(外国公債募集の始まり)
- 4月24日
- 全国に種痘法を奨励・勧告する
- 5月15日
- 陸軍旗章および諸旗章を制定する
- 5月17日
- 北海道に屯田兵が入植する
- 6月8日
- 東京に小学校開校の布達が出される
- 6月10日
- 樫野崎に石造灯台が竣工する
- 6月12日
- 東京府下に小学校6校を設置する
- 6月23日
- 前島密、西洋諸国の郵便事業視察のため横浜を出帆する
- 7月20日
- 小松帯刀逝去(享年36歳)
- 7月23日
- 弘文・淳仁・仲恭の三天皇に追諡が贈られる
- 7月28日
- 普仏戦争に対し日本が中立を宣言する
- 8月13日
- 相模城ヶ島灯台が竣工し点灯する
- 8月14日
- 工部大学校の前身となる工学寮および測量司を設置する
- 8月14日
- 天文暦道局を天文局と改称する
- 8月22日
- 東京府下に中学校を開設する
- 9月8日
- 「君が代」が初めて演奏される
- 9月19日
- 平民に苗字の使用を許可する(四民平等)
- 9月25日
- 囚人への刺青刑を廃止する
- 9月25日
- ヨーロッパ式機械製糸法が始まる
- 10月2日
- 最初の特命全権公使を任命する(鮫島尚信・森有礼ら)
- 10月2日
- 兵制を統一し、陸軍をフランス式、海軍をイギリス式と定める
- 10月3日
- 皇族旗・将旗などの旗章を制定する
- 10月18日
- 外国人に東京府下の遊覧を許可する
- 10月18日
- 岩崎弥太郎が九十九商会を設立する
- 10月20日
- 新律綱領を頒布し、工部省を設置する
- 10月22日
- 東京浜御殿の海軍所を築地へ移転する
- 10月24日
- 日本初の鉄道トンネル工事が始まる
- 10月27日
- 医学校(後の東京大学医学部)で初めて人体解剖実習を行う
- 11月3日
- 徴兵規則を頒布する(士族・平民を問わず徴募する制度)
- 11月25日
- 松代藩で7万人規模の農民一揆が発生し、各地で世直し騒動が続発する
- 12月4日
- 群馬県富岡製糸場の設立を布告する
- 12月9日
- 新たに総裁・議定・参与を置く
- 12月12日
- 日本初の日刊紙「横浜毎日新聞」が創刊される
- 12月22日
- 陸海軍の洋式軍服を制定する
- 12月24日
- 士族であっても特定の場合を除き帯刀を禁ずる
この年に始まったこと
1870年(明治3年)は、明治政府が近代国家建設を進めるなかで、産業・通信・軍事などの分野で新しい制度や事業が動き始めた年です。後の近代化につながる基盤づくりが着実に進められました。
- 工部省設置への準備が始まった
近代産業の育成を目的とした組織整備が進められ、翌年の工部省設置へ向けた準備が本格化しました。 - 近代郵便制度創設への準備が始まった
前島密らを中心に全国統一の郵便制度構築が進められ、翌年の郵便事業開始へつながりました。 - 鉄道建設事業が本格的に始まった
新橋・横浜間の鉄道建設工事が進められ、日本初の鉄道開業へ向けた事業が本格化しました。 - 近代軍制整備が進み始めた
明治政府は藩兵中心の体制から全国統一の軍隊創設を目指し、軍制改革を進めました。 - 殖産興業政策が本格的に始まった
政府主導による産業振興政策が進められ、日本の近代産業育成への取り組みが本格化しました。
1870年は、「近代国家の基盤づくりが始まった年」でした。
この年は何が変わったのか
1870年(明治3年)は、明治政府が中央集権化と近代国家建設をさらに進めた年でした。戊辰戦争後の新体制整備が本格化し、日本は「武士の時代」から「近代国家」へ急速に変わり始めていきます。
明治政府による中央集権化が進んだ
版籍奉還後、明治政府は各藩への統制をさらに強めていきました。藩主たちは知藩事として政府管理下に置かれ、日本は中央集権国家への道を進み始めます。
藩閥政治の基盤が形成され始めた
新政府では薩摩藩・長州藩・土佐藩・肥前藩出身者が重要ポストを担うようになりました。後の藩閥政治につながる政治体制が、この頃から形成され始めます。
近代軍制への改革が進められた
明治政府は西洋式軍隊の整備を進め、旧来の藩兵中心から国家軍隊への転換を目指しました。各藩でも軍制改革が進み、日本の軍事体制は大きく変化し始めます。
殖産興業への動きが始まり始めた
新政府は西洋技術導入や産業育成を重視し始めました。工場建設や交通整備への関心も高まり、日本は近代産業国家への基盤づくりを進めていきます。
教育制度整備への意識が高まった
近代国家建設には国民教育が必要だという考えが広がり、学校制度整備への議論が進み始めました。後の学制公布へつながる流れが、この頃から形成されていきます。
明治維新後の社会変化が全国へ広がった
政治だけでなく、人々の生活や価値観にも変化が広がり始めました。身分制度の見直しや西洋文化への関心が高まり、日本社会は徐々に近代化へ向かっていきます。
この年の重要人物
1870年(明治3年)は、戊辰戦争後の国内統治が進められ、明治政府による近代国家建設の基盤づくりが続けられた年です。翌年の廃藩置県につながる中央集権化が進み、政府内では新しい国家制度の整備が進められました。この年を理解するうえで重要な人物を整理します。
- 大久保利通
新政府の中核として中央集権化を推進しました。明治国家建設の実務を担い、政府の実力者として影響力を強めていました。 - 木戸孝允
長州出身の指導者として政治制度の整備に取り組みました。後の廃藩置県につながる改革を支えた人物です。 - 西郷隆盛
新政府の軍事面を支える中心人物として活躍しました。維新後も高い影響力を持ち、政府運営に深く関わっていました。
生活の話題
衣
- 華族の染歯・眉をかくことを禁止
- 大阪で百姓町人のコウモリ合羽・ブンランケットの着用を禁ず
- 庶民の帯刀禁止
- 東京・大阪でトンビの流行始まる
- 手編みのメリアス・シャツ・ズボン下東京都下に普及し始める
- 東京に散髪流行
- 太政官制服制定
- 軍服制定
- 西村勝三、製靴工場設立
食
- 外国人の手でサイゴン米しきりに輸入
- 民部省、甜菜試作を東京府にさせる
- 愛媛県、アメリカ人より洋牛買い搾乳を始める
- 山梨県の山田宥教らブドウ酒を試作
- 横浜でアイスクリーム売られる
1870年のポイントまとめ
- 明治新政府による中央集権化が進められた
新政府は藩の統制強化を進め、近代国家建設へ向けた政治改革を本格化させました。 - 近代軍制の整備が進み始めた
新政府は西洋式軍備の導入を進め、近代国家に必要な軍事制度づくりを急ぎました。 - 殖産興業への基盤整備が始まった
日本は産業振興やインフラ整備に力を入れ始め、近代経済国家への準備を進めていきました。 - 欧米諸国に学ぶ姿勢が強まった
政府は西洋制度や技術の導入を積極的に進め、日本近代化の方向性を固めていきました。 - 明治国家の土台づくりが進んだ年であった
1870年は、大きな戦乱こそ少なかったものの、近代国家形成の基礎が整えられていった重要な年でした。
1870年は、明治新政府が近代国家建設へ向けた基盤づくりを進めた年でした。中央集権化や軍制改革、殖産興業など、日本は西洋型国家への転換を急速に進めていきます。 表面的には比較的安定した時期でしたが、日本近代化の方向性が固まり始めた重要な一年でした。
1870年のよくある質問 Q&A
Q. 1870年とはどんな年ですか?
1870年は、明治政府が近代国家としての制度整備を進めた年です。 表立った大事件は少ないものの、国家の基盤づくりが進みました。
Q. 明治政府はどのような政策を進めていましたか?
中央集権化や行政制度の整備、財政改革などを進めていました。 近代国家としての体制を整える準備段階でした。
Q. なぜ1870年は重要なのですか?
翌年の廃藩置県などの大改革に向けて、 制度的な準備が進められた年だからです。
Q. 当時の社会はどのような状況でしたか?
武士と農民の身分制度が変化し始め、 社会全体が大きく変わる過渡期にありました。
Q. 1870年の出来事はその後どうつながりますか?
1871年の廃藩置県により中央集権国家が確立されます。
→ 1871年(国家の完成)を見る
Q. 他に重要な流れはありますか?
教育や軍事制度の整備も進み、
後の徴兵制や学制へとつながっていきます。
→ 1873年(徴兵令)を見る
Q. 1870年の重要人物は誰ですか?
明治天皇、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允など、 明治政府の中心人物が改革を進めました。
Q. 1870年は日本にとってどんな意味がありますか?
1870年は、近代国家への転換を支える基盤が整えられた年です。 翌年以降の大改革の土台となりました。
全国へ広がった改革は、どのように完成していくのか?
廃藩置県や制度整備へと進み、日本は本格的な近代国家へと変化していきます。
明治初期の改革の流れをあわせて理解できます。
