1876年(明治9年)は、日本が近代国家へと進む中で、「武士の時代」が制度的にも完全に終わりを迎えた年です。
明治政府はこれまで、身分制度の廃止や徴兵制の導入などを進めてきましたが、この年はそれが決定的な形となって現れます。
廃刀令や秩禄処分によって、士族の特権は完全に失われ、社会の構造は大きく変化しました。
一方で、こうした急激な改革は強い反発も生み、各地で士族の反乱が発生します。
つまり1876年は、「旧時代が完全に終わり、新しい国家体制への転換が決定的になった年」といえます。
1876年の重要出来事【まずここだけ読めばOK】
■ 廃刀令の公布
1876年、政府は廃刀令を公布し、軍人や警察官などを除いて帯刀を禁止しました。
これにより、武士の象徴であった刀を持つことができなくなり、士族の特権は大きく失われます。
武士という身分が制度的に終わったことを象徴する出来事です。
■ 秩禄処分の実施
政府は士族に支給されていた家禄や賞典禄を廃止し、代わりに金禄公債を支給しました。
これにより、士族は経済的基盤を失い、生活の変化を迫られることになります。
武士階級の経済的な解体が進んだ重要な政策です。
■ 士族反乱の発生(神風連の乱・萩の乱など)
廃刀令や秩禄処分に反発した士族が各地で反乱を起こしました。
熊本での神風連の乱や山口での萩の乱などが相次ぎ、政府に対する不満が爆発します。
旧武士層の抵抗が武力として表面化した出来事です。
■ 日朝修好条規の締結
日本は朝鮮と日朝修好条規を結び、対外関係を拡大しました。
これは日本が近代国家として外交関係を広げていく一歩となります。
この年は何が変わったのか
1876年は、日本が「武士の国」から「近代国家」へと完全に移行した年です。
それまでの改革でも士族の特権は徐々に縮小されていましたが、この年、
・廃刀令
・秩禄処分
によって、武士という存在は制度的にも経済的にも完全に解体されました。
これはつまり、「身分による社会」から「国家による統一社会」への転換を意味します。
一方で、この急激な変化は強い反発を招き、士族反乱という形で表面化しました。
つまりこの年は、「近代化が完成する一方で、その反動も爆発した年」です。
この流れは、1877年の西南戦争へとつながり、日本の近代国家体制は最終的な試練を迎えることになります。
出来事・事物起源・話題
- 1月12日
- 医術開業試験法制定
- 1月13日
- この日に記録されたマイナス9.2度が東京の最低気温
- 1月14日
- 千島に占守郡などを設く
- 1月26日
- 日鮮修好条約調印
- 1月30日
- キリスト教初めて公然と結成の第一声を挙げる
- 2月2日
- 大阪の大火(道頓堀芝居小屋より発火、16街道に延焼、俗に「大西芝居の火事」という)
- 2月20日
- 大阪毎日新聞創刊
- 2月20日
- 東京府王子村(現、北区)に、最初の洋紙専門工場が建てられる(現在の王子製紙)
- 2月27日
- 日韓修好条約交換
- 3月2日
- 新聞号外の始まり(東京日日新聞社より朝鮮問題談判の平和落着を急報のため号外を発行)
- 3月12日
- 土曜半休、日曜休日制を公官庁で実施
- 3月21日
- 水交社、芝山内に創立
- 3月28日
- 軍人、警官及び大礼服用以外に士民の帯刀禁じる(第三回目の廃刀令)
- 3月31日
- 三井銀行誕生
- 4月1日
- 官庁、1の日6の休日を廃し、日曜全休・土曜半休制となる
- 4月1日
- 男満20年を成年とする太政官布告
- 5月9日
- 上野公園開園式(明治天皇臨幸)
- 6月2日
- 明治天皇、奥羽地方巡幸のため帝都御発輦、岩倉、木戸、大隈、徳大寺供奉
- 6月6日
- ドイツの医師ベルツ博士が来日
- 6月8日
- 国道、県道、里道の制、初めて定められる(国道一等幅七間以下各種)
- 6月27日
- 鉄道桟橋初めて神戸港に竣工し、港湾と汽車運輸の連結成る
- 7月1日
- 三井銀行開業
- 7月5日
- 新聞雑誌発禁の制を布告(出版統制の最初)
- 7月7日
- 明治天皇、奥羽巡幸(盛岡の馬匹4500頭を覧給い、畜産を奨励し給う)
- 7月13日
- 警視庁に初めて電信を設け、これより報道の急に備える
- 7月20日
- 奥羽・北海道巡幸の明治天皇が軍艦でない汽船「明治丸」で、青森から横浜に帰着(海の日の始)
- 7月26日
- 大阪・京都間鉄道試運転を開始する
- 8月5日
- 華族484人・士族40万8,800人余に金禄公債支給の条例制定
- 8月14日
- 札幌農学校設立
- 8月19日
- 水夫の名称を改め水兵とする
- 8月29日
- 蔵前で殺人逃走の毒婦高橋お伝、東京で捕縛
- 8月31日
- 海軍提督府を廃し、東海、西海両道に鎮守府を仮設する
- 9月6日
- 明治天皇は元老院議長熾仁親王を召され、国憲草案の起草を命じる
- 9月23日
- 国産ビール醸造、初めて工業化される(札幌の開拓使麦酒醸造所開業)
- 9月25日
- 大阪堂島に米穀取引所開設
- 10月2日
- 東京兜町に米商会所開設
- 10月12日
- 賞勲事務局設置される
- 10月24日
- 神風連の乱(熊本県士族大田黒伴雄ら、熊本鎮台を襲撃、県令安岡良亮らを殺傷)
- 10月25日
- 熊本に乱をなす神風連の叛徒大田黒伴雄ら戦死(その他の者自首或は逃走)
- 10月27日
- 秋月の乱(福岡県士族宮崎車之助、磯淳ら熊本の神風連と呼応し挙兵)
- 10月28日
- 萩の乱(前原一誠ら、萩に反旗を樹つ)
- 10月29日
- 永岡久茂らの千葉県庁襲撃計画発覚
- 10月30日
- 前原一誠ら、萩に拠って乱す
- 10月31日
- 前原一誠ら、山口県庁襲撃
- 11月1日
- 官軍、秋月の乱平定す
- 11月3日
- 宮中御宴にて初めて洋楽演奏
- 11月4日
- 甜菜(てんさい)より砂糖製造の法を内務省にて翻訳し、これを地方産業開発のため領布する
- 11月5日
- 萩の乱の首謀者前原一誠、横山俊彦、出雲瓜港にて遂に捕えられる
- 11月6日
- 陸軍少将三浦梧桜、萩に進撃して前原一誠の餘党を破りこれを平定する
- 11月9日
- 谷干城、熊本鎮台司令長官となる
- 11月16日
- 東京女子師範内に幼稚園開園
- 11月28日
- 親鸞上人に見眞大師と諡す
- 11月29日
- 東京京橋の大火(約8,500戸焼失)
- 12月1日
- 鉄道複線品川・新橋間初開通
- 12月3日
- 前原一誠以下、萩の乱徒処分される
- 12月9日
- 各家毎に氏名の標札掲示を命ず
- 12月15日
- 吉野朝の忠臣新田義貞に正三位、楠木正行に従三位を追贈する
- 12月19日
- 函館の海防に備え湾岸砲台を設ける(砲12門に中隊長以下92人を置く)
- 12月27日
- 内務卿大久保利通、地租軽減を建議
- 12月29日
- 三条実美、岩倉具視を各勲一等に叙し、旭日大綬章を賜う(臣下勲章拝受の始まり)
生活の話題
衣
- 士族の廃刀令発布
食
- 内務省、甜菜種子を輸入し、東北・北陸諸県に配る
- 工部省、品川にガラス製造所を設け、食器その他の製造をはじめる
- 札幌ビール製造所創立
- 熱海で湯治客に牛乳を売り出す
住
- 東京府にガス局新設
- 和製の手押し水汲ポンプ販売の新聞広告でる
その他
- 日曜日を休み、土曜日午後を休暇とする
- 大阪で火葬場を新設開場する
- 京都・大阪間鉄道開通
- 東京府立病院内に産婆教授所設立事業開始
- 国道・県道・里道の制施行
- 秀英舎・三井物産・三井銀行など設立
この年のポイントまとめ
✔廃刀令により、武士の象徴である帯刀が禁止された
✔秩禄処分で士族の経済的基盤が失われた
✔各地で士族反乱が発生し、不満が爆発した
✔日朝修好条規により、対外関係が拡大した
✔日本は「武士の国」から「近代国家」へと完全に移行した
1876年は、旧来の身分社会が完全に終わり、日本が近代国家として確立される重要な年です。
この年を理解することで、1877年の西南戦争とその後の国家体制の完成がより明確に見えてきます。
