1893年(明治26年)は、近代国家として成長した日本が、軍事・産業・社会の各分野で力を高めていった年です。
明治維新から約25年が経過し、日本は制度面だけでなく、実際の国力強化へと進んでいました。
この年は、軍事技術の進歩、インフラ整備、企業の発展などが同時に進み、日本の近代化が一段と具体化していきます。
つまり1893年は、「近代国家としての力が実体として整い始めた年」といえます。
1893年の重要出来事【まずここだけ読めばOK】
■ 下瀬火薬の開発と採用
下瀬雅允が発明した新しい爆薬「下瀬火薬」が採用されました。
これは後の戦争で大きな威力を発揮し、日本の軍事力向上に大きく貢献します。
■ 海軍力の強化
建艦費の補充が決定され、日本は本格的に海軍力の増強を進めました。
これは、後の日清戦争に向けた重要な準備となります。
■ 三菱合資会社の創立
三菱が合資会社として再編され、日本の近代企業としての基盤を強化しました。
民間企業の成長が、日本の経済力を支えていきます。
■ 通信・交通インフラの発展
大阪・神戸間で電話が開通し、鉄道も各地で整備されました。
日本の社会は、より効率的に結びついていきます。
■ 文化・社会の近代化
日比谷公園の整備や「君が代」の普及など、都市文化や国家意識の形成も進みました。
この年は何が変わったのか
1893年は、日本が「制度の国」から「実力の国」へと変わり始めた年です。
それまでの日本は、明治維新以降、制度や仕組みの整備を進めてきました。
しかしこの年、
・軍事技術の向上
・企業の発展
・インフラの整備
といった形で、国家の力が実際の形として現れ始めます。
これはつまり、「戦える国家」「競争できる国家」になり始めたということです。
その一方で、
・軍備拡張
・国家主導の成長
といった流れも強まり、日本は次第に対外進出へと向かっていきます。
つまりこの年は、「国家の力が“見える形”になり始めた年」です。
この流れは、翌1894年の日清戦争へと直結していきます。
出来事・事物起源・話題
- 1月17日
- 下瀬雅允発明の爆薬を「下瀬火薬」と命名
- 1月31日
- 日比谷公園できる
- 2月1日
- 御真影及び勅語の奉安方を初めて各役所、学校へ布達する
- 2月3日
- 国木田独歩、「欺かざるの記」起筆
- 2月7日
- 衆議院、内閣弾劾上奏案を可決
- 2月10日
- 建艦費補充のため内廷費30万円6年間下付の詔勅下る
- 2月14日
- アメリカ、ハワイ併合調印
- 2月17日
- 海軍省、下瀬下瀬雅允発明の新火薬を採用
- 2月18日
- 長野・直江津間の鉄道開通
- 2月22日
- 衆議院、製艦費をみとめ予算案修正可決
- 2月26日
- 予算案成立
- 3月20日
- 郡司成忠大尉、7艘の端舟にて北航艇隊63名を率いて隅田川出発(千島探検の壮途に上る)
- 3月25日
- 大阪・神戸間の電話開通
- 3月29日
- 伊勢松坂町の大火(約1,000戸焼失)
- 3月30日
- 三田尻港の築港工事成る
- 4月1日
- 最初のアブト式鉄道、横川・軽井沢間に開通する
- 4月14日
- 出版法・版権法公布
- 5月8日
- 東京に弁護士会創立す
- 5月19日
- 防殻令についての日朝間に交渉成立、日本に11万円の支払を決定
- 5月20日
- 海軍軍令部条例公布(海軍軍令部を赤坂に置く、初代軍令部長に中牟田倉之助)
- 5月22日
- 戦時大本営条例公布
- 6月12日
- 陸軍中佐福島安正、単騎シベリアを横断し、ウラジオストクに無事到着する
- 6月20日
- 海軍大尉郡司成忠、北地防備の目的にて、同志数10名と共に択捉島に到着
- 6月29日
- 陸軍中佐福島安正、シベリア単騎横断より帰国し大歓迎を受ける
- 6月29日
- 下瀬雅允、火薬発明の功により、1,200円下賜
- 7月1日
- 三菱合資会社創立
- 7月8日
- 閣議で陸奥外相の条約改正案を審議、交渉方針を決定しイギリスと交渉開始
- 7月11日
- 御木本幸吉真珠の養殖に成功
- 7月13日
- 沼津の御用邸成る
- 8月12日
- 君が代、祝日大祭日の唱歌に(正式発布)
- 9月11日
- 富岡製糸場を三井に払下げ
- 9月11日
- 東大の各分科に講座制を実施
- 9月24日
- 速射砲及び無煙火薬を装備する最初の帝国軍艦「吉野」、イギリスで進水
- 10月1日
- 二宮忠八、玉虫型の飛行機発明
- 10月1日
- 安部井磐根ら大日本協会を結成、内地雑居反対、現行条約奨励を提唱
- 10月24日
- 相馬事件の被告ら6人免訴される
- 10月26日
- 「二六新報」創刊
- 10月31日
- 文官任用令・文官試験規則公布
- 11月1日
- 明治座開場式
- 11月7日
- 日本郵船会社、神戸よりボンベイ向け航路開始を開設
- 11月20日
- 「朝野新聞」刊行開始
- 11月22日
- 実業補習学校規定設けられる
- 11月25日
- 第五通常議会召集
- 11月27日
- ノーベル賞制定の発表
- 11月29日
- 衆議院、星亨議長不信任動議可決。星議長辞職拒否
- 11月29日
- 大倉組設立
- 12月1日
- 衆議院、取引所汚職問題で、星亨議長の不信任上奏案可決
- 12月30日
- 衆議院解散
総理大臣
伊藤博文(明治25年8月8日~明治29年8月31日)
生活の話題
衣
- 弁護士の法服制
- 各地に山高帽子普及
- 鞄業同業者が鞄盛会を東京に組織
- インドからも綿が入ってくるようになる
食
- 北海道宗谷で鯨肉缶詰の製造がおこる
- 岩谷商会が天狗煙草の売捌元となる
住
- 非内地雑居運動盛ん
- 国産自転車製造を宮田製作所始める
地方の話題
北海道
- 郡司成忠海軍大尉の率いる北航艇隊が千島開拓にのりだし、占守島にたどりつく
東北
- 吾妻山が大噴火(福島)
- 郡司成忠海軍大尉の北航艇隊が下北半島沖で遭難する(青森)
- 東北廿四州会が仙台で開かれる(宮城)
関東
- 西・北・南の三多摩郡を神奈川県から東京府に移す
- 富岡製糸所を三井に払い下げる(群馬)
中部
- 新潟県有志が探北義団をつくり、沿海州探検を計画する
近畿
- 宮津港をロシア・朝鮮貿易の船舶出入港として指定する(京都)
九州
- 三潴郡民3,000人が福岡県政に反抗して竹槍騒動がおこる(福岡)
この年のポイントまとめ
✔下瀬火薬の開発により、軍事技術が大きく進歩した
✔海軍力の強化が進み、戦争への備えが整った
✔三菱など企業が成長し、経済基盤が強化された
✔通信・鉄道などインフラ整備が進んだ
✔日本は「制度」から「実力」の国家へと変わり始めた
1893年は、日本が近代国家としての実力を備え始めた重要な年です。
この年を理解することで、1894年の日清戦争とその後の日本の発展がより明確に見えてきます。
