1877年(明治10年)の出来事

今から149年前の出来事

1877年(明治10年)は、明治維新の最後の決着がついた年です。

この年、西郷隆盛を中心とする士族が明治政府に対して反乱を起こし、西南戦争が勃発しました。

この戦いは、日本最後にして最大の内戦となり、政府軍の勝利によって終結します。

その結果、武士の時代は完全に終わり、日本は本格的な近代国家へと進むことになります。

つまり1877年は、「武士の時代が終わり、近代国家が確立した年」といえます。

1877年の重要出来事【まずここだけ読めばOK】

■ 西南戦争の勃発

2月、西郷隆盛率いる薩摩士族が挙兵し、明治政府に対して反乱を起こしました。
これは士族による最大規模の反乱であり、日本最後の内戦となります。

■ 熊本城攻防戦・田原坂の戦い

戦いは九州各地で激化し、熊本城をめぐる戦闘や田原坂の激戦が繰り広げられました。
政府軍は近代兵器と兵力で優位に立ち、戦局を有利に進めていきます。

■ 西郷隆盛の最期

9月24日、鹿児島・城山で西郷隆盛は最期を迎え、西南戦争は終結しました。

■ 士族反乱の終焉

これにより、明治初期に各地で起こっていた士族の反乱はすべて終わり、旧武士階級の抵抗は完全に消滅しました。

■ 近代国家の制度整備

戦争と並行して、東京大学の卒業制度や通信技術の整備など、近代国家としての制度も進展しました。

この年は何が変わったのか

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1877年は、日本社会の主役が完全に入れ替わった年です。

それまでの日本では、元武士である士族が政治や軍事の中心にありました。
しかし明治政府は、徴兵制や廃刀令などによって、武士に依存しない国家を作ろうとしていました。

その結果、士族の不満が爆発し、西南戦争が起こります。

しかしこの戦いは、
・近代装備を持つ政府軍
・旧来の武士中心の反乱軍
の対決となり、政府軍が勝利しました。

つまりこの年は、「武士の力が完全に否定された年」です。

これにより、日本は
・徴兵制による国民軍
・中央集権国家
へと完全に移行していきます。

この意味で1877年は、明治維新の“本当の完成”といえる年です。

出来事・事物起源・話題

1月26日
歴史館設立(総裁は伊知地正治)
1月30日
鹿児島の私学校生、草牟田の火薬庫を襲う(西南戦争の火種となる)
2月3日
西郷隆盛、私学党を率いて遂に官軍対抗の意を決す
2月5日
京都・大阪・神戸間の鉄道開通式(京都駅落成、明治天皇迎えて開業式)
2月10日
西郷隆盛の私学党の乱に対し、近衛及び東京・大阪両鎮台に出動命令下る
2月15日
西郷隆盛が挙兵(西南戦争始まる)
2月15日
偕行社(陸軍将校組織)創立
2月18日
西南戦争で、西郷軍に備え熊本城外の民家を焼払う
2月19日
西南戦争に関する流言・噂話の新聞掲載を禁止
2月22日
「東京日日新聞」社長福地源一郎、軍団御用係の名目で西南戦争従軍のため出発
2月22日
西郷軍、熊本城を包囲
2月22日
乃木希典少佐、連隊旗を奪われる
2月23日
東京・名古屋・大阪三鎮台に令して第二後備軍を召集
2月25日
参軍山県有朋、陸軍少将三浦梧桜ら、博多に本営を設置
2月25日
西郷隆盛、桐野利秋、篠原国幹らの官位を剥奪して、その謀反を正式に布告する
2月26日
伍長谷村計介、高瀬の官軍への使者として、命を賭して熊本城を脱出する
2月27日
薩摩軍大挙して肥後の高瀬において官軍と戦う(熊本城兵利非ず)
2月28日
伍長谷村計介、薩軍に捕われるも脱出し、漸く高瀬の官軍に辿り着く(薩軍と疑われ、船隈に連行)
2月28日
熊本県阿蘇谷で農民3000人暴動
3月2日
谷村計介、船隈の営にて野津鎮雄少将に危急を報告し、密使の大役を果たす
3月3日
官軍、薩軍と田原坂で激戦
3月6日
四国と本州を通じる海底電信、讃岐・備前間に開通する
3月17日
西郷軍に加担した鹿児島県令大山綱良の官位を奪う
3月20日
政府軍、激戦の末、田原坂を占領
3月21日
岩村通俊を鹿児島県令に任命
3月31日
明治天皇、大阪の陸軍病院に西南の役の傷病兵を親問
4月8日
熊本城の包囲網破れ、奥少佐一大隊を率いて賊兵を追撃宇土に達す
4月12日
東京大学開校(東京開成学校と医学校が併合、東京帝国大学の前身)
4月14日
黒田清隆率いる政府軍、熊本城に入る
4月14日
小石川植物園を東京大学に附す
4月22日
参軍山県有朋、各旅団長を木山に招き謀議を凝らす
4月22日
西郷隆盛、人吉に退く
4月23日
山県有朋、西郷隆盛に書面を送り、その立場に同情し投降自決を勧告する
4月24日
ロシア、トルコに宣戦布告、ルーマニアに侵入(露土戦争)
4月27日
参軍川村純義ら、海路鹿児島に至り、兵を各地に配置(西南戦争)
5月1日
博愛社(赤十字社の前身)創立
5月18日
西南戦争による九州の人心鎮定のため、東京より巡査700名を派遣する
5月23日
軍用に使用する軽気球が、東京築地の海軍省練兵所で揚げられる
5月26日
木戸孝允死去
5月27日
矢筈嶽の激闘(西南戦争)
5月31日
薩摩軍敗れて、悉く肥後人吉に退く(西南戦争)
6月11日
官軍、薩摩に攻め入る(西南戦争)
6月17日
参軍山県有朋、八代に諸将を集めて、都城進撃の軍議
6月17日
熊本鎮台兵、三国峠を占拠
6月19日
万国郵便条約実施される
7月9日
外国渡船に国旗を掲げしむ
7月24日
官軍、都城を陥る(西南戦争)
7月30日
西郷隆盛、官軍に圧せられ、日向の高鍋に退く(同日杉之本に戦闘あり)
8月8日
高知県士族林有造、兵器購入の計画発覚して、東京で捕えられる
8月17日
薩摩軍の将佐々友房、官軍に降る
8月18日
官軍、日向を平定
8月21日
第一回内国勧業博覧会、東京上野で開催(日本最初の勧業博)
8月31日
西郷隆盛の軍、大隈に奮闘
9月1日
西郷隆盛、退いて鹿児島に入り、本営を城山に置く(土民これに応じ士気振う)
9月8日
官軍、鹿児島城山を包囲
9月10日
朝鮮京城に公使館を設ける(韓国公使に花房義質を任命)
9月16日
モース博士、大森貝塚を発見
9月19日
官軍、鹿児島城山の包囲陣成る
9月20日
官軍、鹿児島城山攻撃開始
9月23日
西郷隆盛、城山にて訣別の宴
9月24日
西郷隆盛、桐野利秋ら城山で自刃(西南戦争終結)
9月30日
前鹿児島県令大山綱良、漸に処せられる
10月1日
最初の鉄道正面衝突事故(夜間豪雨のため神戸を去る7哩の線)
10月4日
山田顕義、野津鎮雄、大山巌らの各武将、東京に凱旋
10月10日
征討総督熾仁親王、参軍川村純義、伊藤祐磨少将ら、東京に凱旋
10月17日
私立の華族学校開業式、天皇臨席し、「学習院」の称号を与える(学習院開校)
10月26日
車駕(天子)上野公園に幸し、内国勧業博覧会に臨まれる
11月20日
東京・大阪間鉄道貨物運輸開始
12月12日
最初の欧州回航船「清輝艦」(国産の軍艦)発航する
12月19日
東京大学、第一回卒業証書授与式
12月21日
東京工部省電信局より宮内省間に電話開通(実用電話最初の記録)
12月25日
刑法草案審査局を設ける(伊藤博文を総裁とする)
12月25日
地方長官に国産愛用を諭告
12月26日
西南戦争の凱旋巡査、東京に整列式
12月27日
新紙幣2700万円を発行し、西南戦争の戦債を補う

生活の話題

  • 京都白川にモスリン加工工場できる
  • 鎮台所在地の一般人にもシャツの使用はじまる
  • 山高帽子がナベボーシの名で地方でも着用
  • 西南役よりメリヤス製造者激増
  • 旧来のお白粉、人体に害ありと騒がれる
  • ジャカード織機の国産試作行われる

  • 大阪に卵を売る目的の養鶏始まる
  • 北海道開拓使、缶詰製造の伝習を始める
  • 山梨県営のブドウ酒醸造場が設けられる
  • 大坂の小西儀助、ウイスキーの製造を始める
  • 東京芝に桜田ビール創立
  • タマネギ、ハナハボタン移入さる
  • 東京で氷水が流行り出す
  • 大阪で人造氷作られる

  • 工作局器具染物製造所を設け、欧米風の家具及びラック、ワニス塗の業を始める

その他

  • 宮内省で初めて電話の実演を行う
  • 大阪でセルロイド製のサンゴ玉ができる

この年のポイントまとめ

✔西南戦争が起こり、日本最後の内戦となった
✔政府軍が勝利し、士族の反乱は終焉した
✔西郷隆盛の死により、武士の時代に幕が下りた
✔近代的な軍事国家体制が確立した
✔明治維新が実質的に完成した

1877年は、明治維新の総仕上げとなる年です。
武士の時代が終わったことで、日本は完全に近代国家として歩み始めました。

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