1859年(安政6年)は、日本が本格的に開国し、外国との交流が現実のものとなった転換の年です。
この年、幕府は条約に基づき横浜・長崎・箱館(函館)などの港を開き、外国との貿易を開始しました。
それまでの「開国の決定」から一歩進み、日本は実際に世界とつながる段階へと入ります。
つまり1859年は、「開国が現実となり、日本が世界と直接つながった年」といえます。
1859年の重要出来事【まずここだけ読めばOK】
■ 開港と貿易の開始
6月、横浜・長崎・箱館などの港が開かれ、外国との貿易が始まりました。
これにより、日本は本格的に国際経済の中へ組み込まれていきます。
■ 外国公使の江戸駐在
アメリカのハリスやイギリス公使らが江戸に入り、外交活動を開始しました。
日本の首都に外国勢力が常駐するという、これまでにない状況が生まれます。
■ 生糸貿易の開始
生糸の輸出が始まり、日本経済は大きく変化し始めました。
これにより、日本は国際市場と直接結びつくことになります。
■ 外国文化・技術の流入
シーボルトの再来航などを通じて、西洋の知識や文化が再び日本に流入しました。
日本社会は急速に変化していきます。
■ 安政の大獄の継続
幕府は引き続き反対派の弾圧を行い、国内の緊張は高まったままでした。
この年は何が変わったのか
条約に基づき横浜・長崎・箱館が開港され、日本は実際に外国との貿易を開始しました。外国人が居留し、西洋文化や商品が流入することで、日本社会は急速に変化していきます。
特に生糸貿易の開始は経済に大きな影響を与え、物価の変動や社会不安を引き起こしました。
一方で、外国人との摩擦や治安問題も発生し、開国の影響は国内に広がっていきます。
つまり1859年は、「開国が現実となり、日本社会が大きく動き始めた年」です。
この変化は、尊王攘夷運動の高まりへとつながっていきます。
出来事・事物起源・話題
- 1月7日
- 秋山好古誕生
- 2月22日
- 江戸の大火(青山より音羽へ延焼)
- 3月10日
- 近衛家老女村岡及び丹羽正庸、春日仲襄等大獄に連坐し江戸の大名預となる
- 5月25日
- 吉田松陰、萩獄より江戸に送る
- 6月2日
- 下田、横浜、長崎、函館の4港を開き、英・米・仏・蘭・露の5国と交易す
- 6月4日
- タウンゼント・ハリス米国公使として江戸へ入り麻布の善福寺に館す
- 6月9日
- イギリス公使アールマック、江戸に入り品川東漸寺に館す
- 6月20日
- 幕府、外国より武器輸入を許す
- 6月22日
- 幕府、外国との貿易を許す(当時生糸1斤の価1両1分、生糸輸出始まる)
- 7月6日
- ドイツの科学者シーボルト、再び日本へ来航して長崎港に入る
- 7月9日
- 吉田松陰、江戸伝馬町の獄に投じられる
- 7月16日
- 幕府、外国人擁護を令す
- 9月6日
- 幕府、銅の海外密輸を厳禁す
- 9月27日
- 幕府、会津、秋田、荘内、盛岡、弘前の5藩に命じ蝦夷地の開墾を命ず
- 12月17日
- 水戸藩士勅諚返納の不可を極論
天皇
孝明天皇(在位:弘化3年2月13日~慶応2年12月25日)
将軍
徳川家茂[14代](在位:安政5年12月1日~慶応2年8月20日)
大老
井伊直弼
生活の話題
食
- 北海道江差の水田に稲米を収穫す
住
- 開港場に石造の外国商館多く建ち、石工に大きな影響があったという
- 越後長岡の人、横浜の外国商人よりランプを購入してかえり点火
この年のポイントまとめ
✔横浜・長崎・箱館が開港し、貿易が始まった
✔外国公使が江戸に駐在し、本格的な外交が始まった
✔生糸輸出により、日本経済が国際市場と結びついた
✔西洋文化や技術が流入し、社会が変化し始めた
✔国内では弾圧が続き、対立がさらに深まった
1859年は、日本が本当に「開かれた国」になった年です。
この年を理解することで、幕末の混乱と変化の実態がより明確に見えてきます。
