1859年(安政6年)の出来事

今から167年前の出来事

1859年(安政6年)は、日本が本格的に開国し、外国との交流が現実のものとなった転換の年です。

この年、幕府は条約に基づき横浜・長崎・箱館(函館)などの港を開き、外国との貿易を開始しました。

それまでの「開国の決定」から一歩進み、日本は実際に世界とつながる段階へと入ります。

つまり1859年は、「開国が現実となり、日本が世界と直接つながった年」といえます。

1859年の重要出来事【まずここだけ読めばOK】

■ 開港と貿易の開始

6月、横浜・長崎・箱館などの港が開かれ、外国との貿易が始まりました。
これにより、日本は本格的に国際経済の中へ組み込まれていきます。

■ 外国公使の江戸駐在

アメリカのハリスやイギリス公使らが江戸に入り、外交活動を開始しました。
日本の首都に外国勢力が常駐するという、これまでにない状況が生まれます。

■ 生糸貿易の開始

生糸の輸出が始まり、日本経済は大きく変化し始めました。
これにより、日本は国際市場と直接結びつくことになります。

■ 外国文化・技術の流入

シーボルトの再来航などを通じて、西洋の知識や文化が再び日本に流入しました。
日本社会は急速に変化していきます。

■ 安政の大獄の継続

幕府は引き続き反対派の弾圧を行い、国内の緊張は高まったままでした。

この年は何が変わったのか

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条約に基づき横浜・長崎・箱館が開港され、日本は実際に外国との貿易を開始しました。外国人が居留し、西洋文化や商品が流入することで、日本社会は急速に変化していきます。

特に生糸貿易の開始は経済に大きな影響を与え、物価の変動や社会不安を引き起こしました。

一方で、外国人との摩擦や治安問題も発生し、開国の影響は国内に広がっていきます。

つまり1859年は、「開国が現実となり、日本社会が大きく動き始めた年」です。
この変化は、尊王攘夷運動の高まりへとつながっていきます。

出来事・事物起源・話題

1月7日
秋山好古誕生
2月22日
江戸の大火(青山より音羽へ延焼)
3月10日
近衛家老女村岡及び丹羽正庸、春日仲襄等大獄に連坐し江戸の大名預となる
5月25日
吉田松陰、萩獄より江戸に送る
6月2日
下田、横浜、長崎、函館の4港を開き、英・米・仏・蘭・露の5国と交易す
6月4日
タウンゼント・ハリス米国公使として江戸へ入り麻布の善福寺に館す
6月9日
イギリス公使アールマック、江戸に入り品川東漸寺に館す
6月20日
幕府、外国より武器輸入を許す
6月22日
幕府、外国との貿易を許す(当時生糸1斤の価1両1分、生糸輸出始まる)
7月6日
ドイツの科学者シーボルト、再び日本へ来航して長崎港に入る
7月9日
吉田松陰、江戸伝馬町の獄に投じられる
7月16日
幕府、外国人擁護を令す
9月6日
幕府、銅の海外密輸を厳禁す
9月27日
幕府、会津、秋田、荘内、盛岡、弘前の5藩に命じ蝦夷地の開墾を命ず
12月17日
水戸藩士勅諚返納の不可を極論

天皇

孝明天皇(在位:弘化3年2月13日~慶応2年12月25日)

将軍

徳川家茂[14代](在位:安政5年12月1日~慶応2年8月20日)

大老

井伊直弼

生活の話題

  • 北海道江差の水田に稲米を収穫す

  • 開港場に石造の外国商館多く建ち、石工に大きな影響があったという
  • 越後長岡の人、横浜の外国商人よりランプを購入してかえり点火

この年のポイントまとめ

✔横浜・長崎・箱館が開港し、貿易が始まった
✔外国公使が江戸に駐在し、本格的な外交が始まった
✔生糸輸出により、日本経済が国際市場と結びついた
✔西洋文化や技術が流入し、社会が変化し始めた
✔国内では弾圧が続き、対立がさらに深まった

1859年は、日本が本当に「開かれた国」になった年です。
この年を理解することで、幕末の混乱と変化の実態がより明確に見えてきます。

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