1856年(安政3年)は、日本が開国へ向かう流れの中で、外交と西洋化が本格的に動き始めた年です。
この年、アメリカ総領事ハリスが下田に来航し、幕府との交渉を開始しました。
また、西洋の知識や軍事技術を取り入れる動きも進み、日本は急速に変化し始めます。
つまり1856年は、「開国と近代化が現実に動き始めた年」といえます。
1856年の重要出来事【まずここだけ読めばOK】
■ ハリスの来航と外交の開始
アメリカ総領事タウンゼント・ハリスが下田に来航し、日本との交渉を開始しました。
これにより、日本は本格的な通商交渉へと進むことになります。
■ 蕃書調所の設立
幕府は西洋の書物を研究する機関「蕃書調所」を設立しました。
西洋の知識を体系的に学ぶ体制が整い、日本の近代化の基盤が築かれます。
■ 西洋式軍事訓練の開始
幕府は西洋式の軍事訓練を導入し、軍制の近代化を進めました。
これは、日本の軍事力強化に向けた重要な第一歩です。
■ 洋式軍艦の建造
伊豆戸田などで洋式軍艦の建造が進められ、西洋技術の導入が進みました。
■ 外国勢力の接近
ロシア使節プチャーチンも来航し、日本は複数の外国と同時に向き合う状況になります。
■ 安政の大風災
この年、江戸を中心に大規模な台風被害(安政の大風災)が発生し、多くの被害が出ました。
社会不安も高まっていきます。
この年は何が変わったのか
アメリカ総領事ハリスが下田に来航し、日本との本格的な交渉が始まりました。
これにより、日本は単に外圧に対応するだけでなく、自ら外交を進める段階へと移行していきます。
また、蕃書調所の設立などにより、西洋の知識を体系的に学ぶ体制も整えられました。
軍制改革や技術導入も進み、日本は近代国家へ向けた動きを強めていきます。
つまり1856年は、「受け身から主体的に変化し始めた年」です。
この流れは、1857年の交渉本格化、そして開国決定へとつながっていきます。
出来事・事物起源・話題
- 2月13日
- 蕃書取調所を九段下に設く
- 3月12日
- 駒場にて西洋流の訓練を行う
- 4月22日
- 伊豆国戸田浦にて造船の洋式軍艦に対し君沢形と呼称すべしと幕府令あり
- 4月25日
- 江戸築地に講武所開設される
- 6月30日
- 幕府令して旗本の子弟中経書に通ずる者に限り蕃書調所に通学を許す
- 7月12日
- 水戸藩主徳川斉昭の軍船、旭日丸竣工す
- 7月21日
- アメリカ総領事ハリス、通訳官ヒュースケン、下田に来航
- 7月22日
- 佐久間象山、蟄居謹慎中海防意見書を幕府に呈して国防を促す
- 8月24日
- 幕府、ハリスの駐在許可
- 8月24日
- 露使プチャーチン、長崎に来航す
- 8月26日
- 北海道駒ヶ嶽の大爆発
- 10月17日
- 幕府、老中堀田正睦に外国事務を担任せしめ、これより外交的局面一変せんとす
- 10月20日
- 二宮尊徳没す
- 11月10日
- 下田にて日露条約交換式、露艦ヂヤナ号より大砲52門を我に贈る
- 12月3日
- 二宮弥太郎、亡父金次郎の家を相続し特に御普請役恪に召抱えられる
- 12月12日
- 幕府、松平容保の海防の功を賞す
- 12月18日
- 吉田松陰、梅田雲浜と会見
天皇
孝明天皇(在位:弘化3年2月13日~慶応2年12月25日)
将軍
徳川家定[13代](在位:嘉永6年11月23日~安政5年8月8日)
生活の話題
その他
- 二分金を鋳る
この年のポイントまとめ
✔ハリス来航により、通商交渉が始まった
✔蕃書調所の設立で、西洋知識の導入が進んだ
✔西洋式軍事訓練と軍艦建造が始まった
✔複数の外国勢力が日本に接近した
✔開国と近代化が「実行段階」に入った
1856年は、日本が本格的に近代化へ動き始めた重要な年です。
この年を理解することで、1858年の開国決定と幕末の変化の流れがより明確に見えてきます。
