1866年(慶応2年)は、幕末の主導権が幕府から倒幕勢力へと移った決定的な年です。
この年、薩摩藩と長州藩が手を結ぶ「薩長同盟」が成立し、倒幕に向けた体制が整いました。
さらに幕府は長州藩に対して第二次長州征討を行いますが、結果は敗北に終わります。
つまり1866年は、「幕府が力を失い、倒幕の流れが決定的になった年」といえます。
1866年の重要出来事【まずここだけ読めばOK】
■ 薩長同盟の成立
1月、薩摩藩と長州藩が同盟を結びました。
それまで対立していた両藩が協力関係に入ったことで、倒幕勢力が一気に強化されます。
■ 第二次長州征討(幕府の敗北)
6月、幕府は再び長州討伐に乗り出します。
兵力では幕府が圧倒的に有利でしたが、近代的な軍制を整えた長州軍が各地で勝利し、幕府軍は敗退しました。
また、薩摩藩が参戦しなかったことも、幕府にとって大きな痛手となりました。
■ 徳川家茂の死去
7月、第14代将軍徳川家茂が死去しました。
戦争の最中に将軍を失ったことは、幕府にとって大きな打撃となります。
■ 徳川慶喜の将軍就任
12月、徳川慶喜が第15代将軍に就任しました。
しかしこの時点で、幕府の立て直しは非常に困難な状況となっていました。
この年は何が変わったのか
薩長同盟が成立し、倒幕勢力が結集しました。
幕府は第二次長州征討を行いますが、近代化を進めた長州軍に敗北し、権威を大きく失います。
さらに将軍家茂の死去も重なり、幕府の体制は大きく揺らぎました。
これにより政治の主導権は幕府から倒幕勢力へと移っていきます。
つまり1866年は、「幕府が敗北し、主導権が完全に移った年」です。
この流れは、1867年の政権崩壊へとつながります。
出来事・事物起源・話題
- 1月21日
- 薩長連合の盟約成立
- 1月23日
- 寺田屋騒動(坂本龍馬襲撃事件)
- 3月14日
- 松本良順(蘭学者)万国公法6冊を14代将軍徳川家茂へ贈る
- 4月4日
- 林甚六郎、幕府の命に依り、三条実美以下の五卿に対し京都へ帰還を迫る。薩摩の大山格之助、黒田嘉右衛門等、西郷吉之助に代って頑として五卿を渡さず
- 4月5日
- 毛利敬親、形勢切迫せるを以て緒隊の軍備を急ぎ幕府軍対抗に備える
- 5月13日
- 燈台条約締結
- 6月5日
- 家茂、防長大営を大阪に置く
- 6月7日
- 幕府の長州征伐、戦端を開く
- 6月16日
- 薩摩藩士村田新八、黒田了介、山口に来り藩士毛利敬親に謁す
- 6月17日
- 第二次長州征伐(征長幕軍の敗退)
- 6月17日
- 英国公使パークス、汽船にて横浜より鹿児島港に入り、藩主と会見を請う
- 6月24日
- 桂小五郎、杉孫七郎等、幕府長州征伐の間に立てる外人の調停を固辞す
- 7月3日
- 長州藩兵、豊前小倉藩兵と衝突
- 7月13日
- 長州藩石見内田に諸藩兵と戦う
- 7月16日
- 幕府、イタリアと通商条約締結
- 7月19日
- 薩摩藩主島津茂久、幕府に対し、征長の非を陳じその罪を赦さんことを請う
- 7月27日
- 徳川慶喜、将軍家相続に決定
- 7月29日
- 朝廷、慶喜の将軍家相続勅許
- 8月2日
- 将軍徳川慶喜、仏国公使を通じ軍艦その他の兵器購入を依嘱す
- 9月2日
- 幕府の使節勝海舟、宮島の大願寺に長州藩の代表と会見し和協す
- 9月16日
- 高杉晋作、姫島の獄にある野村望東尼を救出
- 9月19日
- 幕府、征長軍の撤兵を命ず
- 10月6日
- 幕府吹上奉行を新設す
- 10月15日
- 薩摩藩士小松帯刀、西郷吉之助、一挙以て王政復古の実を挙げんと鹿児島発
- 10月16日
- 徳川慶喜参内して天盃を拝受す
- 10月26日
- 朝廷、重ねて諸大名の上洛を促さる、病と称して上洛する者少なし。薩摩藩士小松帯刀、西郷吉之助、入京す
- 10月28日
- 在京諸大名参内して、徳川慶喜を15代将軍たらしめんとして奏請す
- 11月10日
- 江戸の大火、元乗物町より京橋八丁堀に至る延長21町、幅7町余延焼す
- 11月20日
- 幕府、三千石以上の者に英仏両国へ留学を許す。守兵の服制新兵式に改む
- 11月23日
- 三条実美ら、大宰府発上洛出発
- 12月5日
- 徳川慶喜、15代将軍となる
- 12月7日
- 幕府、デンマークと通商条約締結
- 12月9日
- 和宮親子内親王を静寛院とす
- 12月25日
- 孝明天皇崩御
- 12月29日
- 孝明天皇の大喪発せられる
- 12月30日
- 江戸幕府、数奇屋を廃し坊主200余人を撤兵隊となす
天皇
孝明天皇(在位:弘化3年2月13日~慶応2年12月25日)
将軍
徳川家茂[14代](在位:安政5年12月1日~慶応2年8月20日)
徳川慶喜[15代](在位:慶応2年12月5日~慶応3年12月12日)
生活の話題
衣
- 武家調練用に西洋式筒袖陣股引を使用していたが、調練以外にも使用を許可し、公用にはこの上に羽織を重ねることとす
- そぎ袖羽織袴を陸海軍の平服とする
食
- 大阪で米買占を禁じ、外国米輸入を許可
- 開成所で田中芳男、アメリカ産リンゴの接木に成功
住
- はじめて煉瓦をつくる
この年のポイントまとめ
✔薩長同盟により、倒幕勢力が結集した
✔第二次長州征討で幕府が敗北した
✔将軍家茂の死により、幕府の求心力が低下した
✔徳川慶喜が将軍に就任したが、立て直しは困難だった
✔幕府から倒幕勢力へと主導権が移った
1866年は、幕末の勝敗がほぼ決まった年です。
この年を理解することで、1867年の政権崩壊と1868年の戦争の流れがより明確に見えてきます。
