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王政復古の大号令
12月9日に出された新政府樹立を宣言する沙汰書。大久保利通・西郷隆盛らが朝廷内の岩倉具視と結んで政変を決行し、発布された。それまでの摂関・幕府などの旧制度を廃止し、総裁・議定・参与の三職を設置し新政府が発足した。
出来事・事物起源・話題
- 1月5日
- 夏目漱石誕生
- 1月9日
- 睦仁親王(16歳)、践祚して明治天皇となる
- 1月11日
- 遣欧特使徳川昭武等、渡仏のため出発
- 1月23日
- 福沢諭吉、幕府の軍艦受取委員に従って渡米
- 2月6日
- 徳川慶喜、フランス公使ロッシュを大阪城に引見し、幕府改革の意見を聴く
- 3月5日
- 徳川慶喜、兵庫開港の勅許奏請
- 3月19日
- 朝廷、兵庫開港の奏請を許さず
- 3月24日
- 各大名、兵庫開港の可否建議
- 3月25日
- 徳川慶喜、英国公使と会見
- 3月26日
- 幕府の新造軍艦「開陽丸」、オランダより回航して横浜に入港
- 4月12日
- 鹿児島の島津久光、京都警備のため兵7,000を率いて堂々京都に入る
- 4月14日
- 高杉晋作没
- 4月18日
- 薩摩藩士大山綱良、兵30数名、砲3門を率いて大宰府に入り、三条実美以下五卿の動座に反対
- 4月23日
- いろは丸事件(日本最初の蒸気船衝突事件)
- 5月8日
- 幕府、松平慶永以下、山内、伊達、島津の諸侯に登城を命ずるも応ぜず
- 5月12日
- 火薬製造機、初めて輸入される
- 5月14日
- 山内容堂、島津久光、松平慶永、伊達宗城らの雄藩諸侯、徳川慶喜に対し王政復古の急務と開港の已むなきを論ず
- 5月21日
- 高知藩士板垣退助ら、鹿児島藩士小松帯刀らと京都で会見、倒幕挙兵を盟約
- 5月24日
- 朝議決定し、長州藩処分を寛大にし、併せて兵庫開港の勅許下る
- 5月27日
- 中岡慎太郎、板垣退助、谷守部(干城)、小松帯刀、西郷隆盛ら倒幕同盟を結ぶ
- 6月9日
- 坂本龍馬、後藤象二郎、上洛のため、長崎を出帆(坂本龍馬、「船中八策」を提唱)
- 6月13日
- 長崎にて耶蘇教徒85名捕縛
- 6月14日
- 薩長土三藩の志士西郷隆盛、大久保利通、後藤象二郎ら王政復古を議す
- 6月22日
- 後藤象二郎・坂本龍馬ら、西郷隆盛・大久保利通らと会見(大政奉還の薩土盟約を結ぶ)
- 6月25日
- 土佐藩士中岡慎太郎、坂本龍馬と共に岩倉具視を訪ね王政復古を論ず
- 7月8日
- 兵庫開港のため、国産改所を京都及び大阪に設置して物産検査の制を定める
- 7月10日
- 江戸の四門、品川、千住、板橋、新宿の四駅廃され、江戸の出入り自由となる
- 7月24日
- 英国公使パークス大阪に入りて、老中板倉勝静らと会見する
- 7月27日
- 徳川慶喜、英国公使パークスと会見
- 8月11日
- 幕府、従来の飼鷹を廃す
- 8月13日
- 幕府、ベルギーと通商条約締結
- 8月21日
- 桂小五郎、坂本龍馬ら、長崎において公儀政体を論じ、その貫徹を期す
- 8月25日
- 土佐藩士後藤象二郎ら、藩主の命により大政奉還建策のため高知を発ち上洛する
- 9月4日
- 幕府、デンマークと通商条約締結
- 9月6日
- 幕府、イタリアと通商本条約締結
- 9月9日
- 土佐藩士後藤象二郎、福岡藤次(孝弟)ら、小松帯刀、西郷隆盛と会見し、幕府に対する武力牽制の延期を求める(西郷隆盛訊かず)
- 9月11日
- 島津忠義、1,000余の兵を率いて京都に入る(西郷隆盛の王政復古の大計いよいよ熟す)
- 9月12日
- 江戸・大阪間に飛脚船開始される
- 9月14日
- 幕府、江戸の市街地に3階建て家屋の建築を許可
- 9月15日
- 三代目澤村田之助、片足切断の大手術(義足をつけた最初の日本人)
- 9月17日
- 正岡子規誕生
- 9月18日
- 薩摩藩士大久保利通ら、山口において毛利敬親父子に謁し、薩長攻守同盟を謀る
- 9月20日
- 海援隊坂本龍馬、長崎を発して下関に向う
- 10月3日
- 山内豊信(容堂)、後藤象二郎、福岡孝親ら大政奉還建白書を、老中板倉勝静に提出する
- 10月4日
- 土佐藩主山内容堂、将軍徳川慶喜へ、大政奉還の建白書を提出する
- 10月6日
- 大久保利通、品川弥二郎の両人が岩倉具視を訪ねて、「錦の御旗」作製について相談す
- 10月6日
- 芸州藩主浅野茂長、藩士辻将曹をして書を幕府に呈せしめ政権変換を建言
- 10月8日
- 長州藩の品川弥二郎、上京せる広沢真臣と共に薩摩の小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通、芸州藩の辻将曹、植田元次郎らと共に三藩合同し倒幕の事を議決する
- 10月9日
- 薩摩、長州、芸州三藩の倒幕連盟成立の顛末につき、中山忠能委曲奏上する
- 10月10日
- 坂本龍馬、倒幕を期し江戸に入る
- 10月12日
- 将軍徳川慶喜、老中以下諸有司を召し、大政奉還の已むを得ざる旨を懇諭する
- 10月13日
- 薩長両藩主に倒幕の蜜勅
- 10月14日
- 徳川慶喜、朝廷に大政奉還(家康以来270年の歴史に幕)
- 10月15日
- 朝廷、徳川慶喜の大政奉還允許
- 10月17日
- 伊東玄伯、日本人として初めて電報を打つ
- 10月21日
- 幕府、諸大名に総登城を命ず
- 10月24日
- 徳川慶喜、朝廷に征夷大将軍の辞表を提出
- 10月29日
- 天皇、勅使日野資宗を孝明天皇御陵に差遣、大政復古を告げしめ給う
- 11月13日
- 鹿児島藩士島津忠義、兵を率い鹿児島出発
- 11月15日
- 坂本竜馬暗殺される(中岡慎太郎も重体)
- 11月17日
- 中岡慎太郎絶命
- 11月23日
- 薩摩の島津忠義、兵を率いて京都入、西郷隆盛、品川弥二郎も京都着
- 11月25日
- 東北の各藩に樺太の開拓を許す
- 11月29日
- 幕府、樺太の漁業を民間に奨励し、旗本大名にして同地希望者へは割与する
- 11月30日
- 幕府、海底電信布設を計画す
- 12月7日
- 幕府、兵庫(神戸)港を開港され、大坂の互市場国際的に開かれる
- 12月7日
- 坂本龍馬、中岡慎太郎の仇を狙って新撰組を襲撃
- 12月8日
- 三条実美ら六卿及び毛利敬親父子の官位を復し入京を許される
- 12月9日
- 小御所会議(王政復古に関する御前会議)
- 12月9日
- 新たに総裁、議定、参与を置く
- 12月10日
- 徳川慶喜に退官納地の勅諭
- 12月12日
- 徳川慶喜の将軍職辞職に幕臣騒然(特に会津、桑名の両藩の兵激昻する)
- 12月14日
- 西郷従道、大山巌ら、三条実美以下の五卿を迎えるため大宰府に到着する
- 12月16日
- 徳川慶喜、英・米・仏らの六国使臣を招き政体改革の事を告げる
- 12月19日
- 三条実美ら、帰京のため大宰府を発つ
- 12月23日
- 閣老小笠原壱岐守、米国書記官ボルトメンの願により江戸・横浜間の鉄道敷設免許を与える(その後明治新政府はこの契約を認めず)
- 12月25日
- 薩摩屋敷焼討事件
- 12月27日
- 明治天皇、最初の御閲兵
- 12月28日
- 今津、桑名藩の佐幕党、旗本諸隊憤怒して徳川慶喜に迫り挙兵を主張す
- 12月29日
- 岩倉具視、西郷隆盛、井上馨、大久保利通ら、三条実美邸にて施政を議す
- 12月30日
- 松平慶永、成瀬正肥ら、参内して徳川慶喜の復命書を上る
天皇
明治天皇(在位:慶応3年1月9日~明治45年7月30日)
将軍
徳川慶喜[15代](在位:慶応2年12月5日~慶応3年12月12日)
生活の話題
衣
- 陸軍フランス式訓練を採用、その服制を改める
- コウモリ傘の流行始まる
食
- 江戸高輪に牛肉店ができる
- 外国米買入
- 横浜の中川善兵衛、パン、ビスケット、ボットルの販売広告を出す
住
- 築地居留地に外国人宿泊のホテルが建つ
その他
- 片山淳之介、『西洋衣食住』を著す
- 幕府、但馬に人をやり、牧牛法を教える
- 島津藩、鹿児島紡績を創立