
1889年(明治22年)は、日本が近代国家としての制度を完成させ、「憲法国家」として正式にスタートした歴史的な年です。
これまで明治政府は、西洋をモデルに制度整備を進めてきましたが、この年ついに大日本帝国憲法が発布され、日本は立憲国家としての形を整えました。
同時に、鉄道の全通や産業の発展などにより、国家としての基盤も強化されていきます。
つまり1889年は、「制度と実力の両面で、近代国家として完成した年」といえます。
1889年の重要出来事【まずここだけ読めばOK】
■ 大日本帝国憲法の発布
2月11日、大日本帝国憲法が発布され、日本は立憲君主制国家となりました。
天皇を中心とした統治体制のもと、帝国議会の設置など近代国家としての枠組みが整えられます。
日本が“憲法国家”として正式にスタートした決定的な出来事です。
■ 東海道本線の全通
新橋〜神戸間の鉄道が全通し、日本の大動脈となる交通網が完成しました。
これにより人や物資の移動が飛躍的に効率化し、経済の発展が加速します。
日本の近代経済を支えるインフラが完成した瞬間です。
■ 条約改正問題の激化
不平等条約の改正をめぐり、国内で激しい議論と反対運動が起こりました。
大隈重信の条約改正案は強い反発を受け、暗殺未遂事件にまで発展します。
外交問題が国内政治を揺るがす大きな要因となりました。
■ 政治体制の再編(山県内閣成立)
年末には山県有朋内閣が成立し、政治体制が再編されました。
憲法体制のもとでの新たな政治運営が始まります。
■ 産業・社会の発展
鉱山の民間払い下げや鉄道網の整備など、産業の近代化がさらに進みました。
日本は経済的にも自立した国家へと近づいていきます。
この年は何が変わったのか
1889年は、日本が「近代化を進める国家」から「完成した近代国家」へと移行した年です。
それまでの日本は制度の整備段階にありましたが、この年、
・憲法の制定
・議会制度の準備
・全国交通網の完成
といった要素がそろい、国家としての骨格が完全に整いました。
これはつまり、「国家のルールと仕組みが完成し、近代国家として自立した」ことを意味します。
一方で、条約改正問題に見られるように、国際社会の中での立場はまだ完全ではなく、課題も残されていました。
つまりこの年は、「近代国家として完成しつつも、次の課題に直面した年」です。
この流れは、1890年の帝国議会開設へとつながり、日本は本格的な議会政治の時代へと進んでいきます。
この年の重要人物
1889年は大日本帝国憲法の発布によって、日本が立憲国家として正式にスタートした年です。この国家体制の完成を動かした人物を整理します。
■ 憲法制定・国家設計
- 伊藤博文
憲法制定の中心人物として大日本帝国憲法を起草し、日本の国家体制を設計した - 井上毅
法制度の整備に関与し、憲法制定を支えた - 金子堅太郎
憲法調査に関わり、制度設計に貢献した
■ 政治・政府運営
- 山県有朋
内閣総理大臣として憲法体制下の政治運営を担った - 黒田清隆
前政権として近代国家体制の整備を進めた
■ 国家の象徴
- 明治天皇
憲法を発布し、日本の近代国家成立を象徴する存在となった
■ 外交・政治課題
- 大隈重信
条約改正を進める中で国内の強い反発を受け、政治問題の中心となった
出来事・事物起源・話題
- 1月16日
- 水戸・小山間の鉄道開通
- 1月23日
- 三池鉱山を三井に払い下げる
- 1月23日
- 徴兵令改正(徴兵猶予の制度廃止)
- 1月25日
- 石川島造船所、会社組織に改組発足
- 2月11日
- 大日本帝国憲法発布(立憲君主国の仲間入り)
- 2月11日
- 文部大臣森有礼刺殺される
- 2月11日
- 西郷隆盛へ、正三位を追贈
- 2月11日
- 「万歳三唱」が決まる
- 2月12日
- 黒田首相、地方長官に超然主義の方針を訓示
- 2月13日
- 日海軍治罪法公布
- 2月20日
- 紀淡海峡の砲台竣工
- 3月4日
- 清国、徳宗親政治始まる
- 3月31日
- 佐渡、生野の両鉱山、帝室財産に編入され、御料局支庁に属す
- 4月16日
- メートル法条約に加盟する
- 4月16日
- 静岡・浜松間の鉄道竣工して、ここに初めて東海道全線の開通を見る
- 4月19日
- 大隈外相の条約改正案ロンドンタイムズに掲載され、以後反対世論高まる
- 4月21日
- 民法財産編公布
- 4月26日
- 法学、立法事業の恩人フランスボアソナード、帰国のため参内(御暇乞い)
- 5月9日
- 正岡子規、常盤会寄宿舎で血を吐く
- 5月11日
- 東京乗合馬車会社創立す
- 5月16日
- 帝国博物館(東京、京都、奈良)官制成り、博物館総長に九鬼隆一を任命
- 5月21日
- 最初の市会議員選挙、東京において本日より3日間行われる
- 5月28日
- 地久節の御儀初めて行われる
- 6月8日
- 市制実施後、最初の東京市会を開く
- 6月10日
- 第1回貴族院多額納税議員選挙
- 6月16日
- 横須賀線鉄道開通
- 6月20日
- 富山県伏木に米騒動
- 7月1日
- 呉、佐世保の南鎮守府開庁
- 7月1日
- 山梨県甲府に市制実施される
- 7月1日
- 東海道本線全通(新橋・神戸間鉄道全通)
- 7月15日
- 第2インター結成
- 7月24日
- 艦隊条令公布により、常備艦隊を編成
- 7月30日
- 第一回条約改正内閣会議
- 8月25日
- 条約改正反対派、東京にて大演説会を開く
- 9月11日
- 商業会議所条令公布
- 10月2日
- 第1回汎米会議
- 10月7日
- 海軍旗章条例により、それまで日章旗であったものが旭日旗に統一される
- 10月8日
- 逓信大臣後藤象二郎、条約改正問題を以て国家の不利とし、反対の旨を奏上する
- 10月11日
- 枢密院議長伊藤博文、大隈外相の条約改正案に反対し辞表を提出
- 10月13日
- 富山県魚津で米騒動
- 10月15日
- 御前会議で条約改正を議す
- 10月18日
- 大隈重信外相、暗殺未遂(玄洋社社員来島恒喜に襲われ負傷、条約改正中止)
- 10月20日
- 元老院廃止
- 10月21日
- 黒田首相辞表を提出
- 10月24日
- 黒田首相以下大隈外相を除く各大臣、辞表を提出
- 10月25日
- 内大臣三条実美内閣総理大臣を兼職する
- 11月3日
- 嘉仁親王、立太子式
- 11月10日
- 歌舞伎座、木挽町に開場
- 11月18日
- 北海道炭鉱汽船会社・鉄道会社創立
- 11月30日
- 地租改正条例公布される
- 12月10日
- 閣議にて、条約改正交渉延期決定される
- 12月13日
- 四条畷神社、別格官弊社に列格
- 12月19日
- 板垣退助、旧自由党員ら大阪で愛国公党を結成
- 12月24日
- 大隈重信外相、辞任
- 12月24日
- 第一次山県有朋内閣成立
総理大臣
黒田清隆(明治21年4月30日~明治22年10月25日)
三条実美(明治22年10月25日~明治22年12月24日)※内大臣兼任
山県有朋(明治22年12月24日~明治24年5月6日)
生活の話題
衣
- 警察官・消防官帯剣制定
- 服飾に復古的な傾向強く現れ始め、日本髪用品の売れゆき良くなる
食
- フランスの万国博覧会に上菱ビール出品される
住
- 凾館水道竣工
- 東京石工組合認可
- 木挽町に歌舞伎座建つ
- 大阪電燈、京都電燈、名古屋電燈、それぞれ開業
- 福島県郡山水道会社開業
- 年末、神奈川県、石油貯蔵規則を発布し、石油小売商人困難となる
文学
- 『史学雑誌』創刊(12月)
その他
- 徴兵令改正(一年志願兵制度)公布
- 鉄道一千哩記念祝賀会
- 東海道鉄道全通
- 新聞・雑誌の郵税半額となる
- 九州鉄道開業
- 横須賀線開通
この年のポイントまとめ
✔大日本帝国憲法の発布により、憲法国家が成立した
✔東海道本線の全通で、国内の経済基盤が完成した
✔条約改正問題で外交と国内政治が衝突した
✔山県内閣成立で新たな政治体制が始まった
✔日本は「制度整備」から「近代国家の完成」へと進んだ
1889年は、日本が近代国家として完成し、世界の中で存在感を持ち始めた重要な年です。
この年を理解することで、1890年の帝国議会開設と、その後の国家運営の流れがより明確に見えてきます。
