1906年(明治39年)は、日露戦争後の日本が「大陸へ進出し始めた年」です。
この年、日本は戦争で得た権益をもとに満州経営へ本格的に乗り出し、その中心として南満州鉄道株式会社(満鉄)を設立しました。
一方で国内では、税負担の増加や生活の圧迫を背景に、都市部で暴動が発生するなど、社会の不安も広がっていきます。
つまり1906年は、「対外進出が進む日本」と「国内に不満がたまる日本」が同時に存在した転換点といえます。
1906年の重要出来事
- 南満州鉄道(満鉄)が設立され、日本の大陸進出が本格化した
- 鉄道国有法が制定され、国内交通の統一が進んだ
- 日露戦争後の体制が整備され、日本の勢力拡大が進んだ
この年は何が変わったのか
1906年(明治39年)は、日露戦争後の日本が、対外的には大陸進出を進め、国内ではインフラ整備を進めた年です。
南満州鉄道の設立(大陸進出の拠点)
1906年、日本は南満州鉄道株式会社(満鉄)を設立しました。
これは日露戦争で得た鉄道や鉱山などの利権を運営するためのもので、日本の満州経営の中心となる存在でした。
満鉄は単なる鉄道会社ではなく、都市経営や産業開発も担い、日本の大陸進出を支える重要な拠点となっていきます。
鉄道国有法の制定(国内インフラの統一)
同年、鉄道国有法が制定され、多くの私鉄が国有化されました。
これにより、国内の鉄道網は一元的に管理され、軍事・物流の両面で効率的な輸送体制が整えられます。
満州支配体制の確立
日露戦争で得た権益をもとに、日本は満州での影響力を強めていきました。
満鉄の設立は、単なる経済活動ではなく、日本の対外政策と結びついた“実質的な支配体制”の始まりでもありました。
戦後国家の再編(国内と海外の両輪)
戦争後の日本は、
・海外では勢力拡大
・国内ではインフラ整備
という二つの方向で国家の再編を進めていきます。
つまり1906年は、戦争の勝利をもとに、日本が「内外で拡大していく国家」へと変わった年でした。
出来事・事物起源・話題
- 1月7日
- 西園寺公望内閣成立
- 1月14日
- 乃木希典第三軍司令官、東京に凱旋
- 1月29日
- 札幌・日本・大坂のビール三社が合併を発表
- 1月31日
- 伊東祐亨、野津道貫大将へ日露戦争の功により元帥号を下賜
- 2月9日
- 巨砲主義最初のイギリス戦闘艦「ドレッドノート」が進水
- 2月17日
- 坪内逍遥らの文藝協会発足
- 2月18日
- 福島県平町の大火(570戸)
- 2月19日
- 英国皇太子コンノート殿下来朝
- 2月20日
- コンノート殿下参内、最高貴のガーター勲章を捧呈
- 2月22日
- 日本・ハワイ間修交通商条約公布
- 2月24日
- 日本社会党第一回大会(日本社会党結党)
- 3月1日
- 振替貯金制度実施
- 3月2日
- 非常特別税法改正
- 3月15日
- 日堺利彦「社会主義研究」創刊
- 3月15日
- 日東京市電値上反対運動激化、電車を焼打ち、軍隊出動
- 3月17日
- 日台湾大地震、死者1,110人余
- 3月31日
- 鉄道国有法公布
- 4月4日
- 徳富蘆花、ロシア文豪トルストイ訪問のため横浜出帆(7月、両氏会見)
- 4月7日
- 廃兵院法公布
- 4月11日
- 華族女学校を学習院に併合する
- 4月29日
- 「日露戦役凱旋」記念切手発行
- 4月30日
- 日露戦役凱旋大観兵式、青山練兵場(現在の明治神宮外苑)で挙行
- 5月1日
- 横浜三渓園、市民に開放
- 5月5日
- 第一回全国小学教員大会
- 5月11日
- 満州軍参謀福島安正少将、ロシアの満州参謀次長オラノフスキーと会見(満州鉄道授受開始)
- 5月20日
- 鉄道総哩数5,000哩(マイル)開通を記念し、盛大な祝賀会を名古屋市で挙行
- 5月22日
- 元老会議で満州問題協議
- 5月28日
- 幸徳秋水、「世界革命運動の潮流」を演説
- 6月1日
- ロシアより北緯50度以南の樺太受領
- 6月1日
- 日米間海底電信布設竣工す
- 6月7日
- 南満州鉄道会社設立動令公布
- 6月9日
- 文相牧野伸顕、戦後の学生風紀に関し訓令を発す
- 6月9日
- 林権助を清国公使に任命
- 6月11日
- 京都帝国大学に文科大学開設
- 6月12日
- エスペラント協会創立
- 6月26日
- 日米直通海底有線電話開通
- 7月1日
- 京釜・京仁鉄道買収
- 7月11日
- 新潟県直江津の大火
- 7月13日
- 南満州鉄道株式会社に参謀総長児玉源太郎を委員長とする設立委員会を設置
- 7月23日
- 児玉源太郎没(享年55歳)
- 7月24日
- 逓信省において女子判任官任用の新例開かれる
- 8月1日
- 日米間の海底電線による通信開始
- 8月1日
- 愛知県豊橋に市制実施される
- 8月8日
- 佐世保港内沈没の戦艦「三笠」浮揚す
- 8月18日
- 呉海軍工廠の職工、戦時手当の廃止に反対し騒擾
- 9月1日
- 煙草「ゴールデンバット」発売
- 9月1日
- 関東庁開設(初代総督に大島義昌を任命、以後毎年この日を関東庁の始政記念日とする)
- 9月1日
- 東京に廃兵院開設(初代院長に川崎虎三中佐を任命)
- 9月1日
- 三重県宇治山田に市制実施
- 9月5日
- 「革命評論」創刊
- 9月10日
- 南満州鉄道会社(満鉄)、株式募集開始
- 9月24日
- 南米最初の日本商店、サンパウロに開店(野間貞七郎経営の藤崎商会)
- 10月11日
- 初めて整形外科の一科を東京帝国大学医学部に開設する
- 10月11日
- アメリカのサンフランシスコに、日本児童排訴問題おこる
- 10月11日
- 夏目漱石、第1回「木曜会」を開く
- 11月5日
- 日本・チリ間通商航海条約調印
- 11月22日
- ロシアでストルイピンの農業改革
- 11月26日
- 南満州鉄道株式会社設立(初代総裁は後藤新平)
- 11月27日
- 東京市会にて電車電車市営を可決
- 12月6日
- 日本最初の地下鉄道計画書が東京に立てられる
- 12月13日
- エチオピアに関する英仏協定
- 12月14日
- 大阪砲兵工廠の賃上げ運動を憲兵、警官弾圧
- 12月16日
- 東京赤坂に国語擁護会創立
- 12月19日
- 教育会議にて義務教育延長可決
- 12月20日
- 英国コンノート殿下来日
- 12月26日
- 『大日本史』編纂の大事業完成
総じて、この時期の日本は、国際的な舞台での地位を固めるため、また国内での近代化を進めるためのさまざまな取り組みを行っていました。
総理大臣
桂太郎(明治34年6月2日~明治39年1月7日)
西園寺公望(明治39年1月7日~明治41年7月14日)
生活の話題
衣
- ゴム底の地下足袋現れる
- 肩掛は防寒具というよりも装飾品として流行するに至る
- 大阪十合呉服店・白木屋呉服店、下関に臨時出張販売する
食
- 銀座にできた台湾コーヒー店が女給をおいて成功
住
- 下関市水道竣工
- 博多ガス会社開業
文学
- 『婦人世界』創刊(1月)
その他
- 振替貯金事務開始
- 鉄道国有法公布
- 鉄道五千哩記念祝賀
- 東京市街鉄道三社合併成立
- 東京市街電車値上反対市民大会、電車焼打ち騒ぎあり
- 金銭登録器を初めて輸入
- 阪神電車開通
- 救世軍本部で無料宿泊・職業紹介を開始
- 新橋・下関間急行列車開始
- 年賀郵便特別取扱開始
地方の出来事
東北
- 石川啄木が郷里渋民村に帰って小学校の代用教員になる(岩手)
- 大湊海軍修理工場でストライキおこり軍隊が出動する(青森)
関東
- 水戸藩ではじめられた『大日本史』の編修が完成する(茨城)
近畿
- 新橋・神戸間に最大急行列車(13時間)運転をはじめる
- 高野山が女人と肉食の禁制を解く(和歌山)
四国
- 四国幹線(琴平・須崎間およびこれと徳島を連絡する線)の建設が決まる
九州
- 高島炭坑でガス爆発がおこり、坑夫ら256名死亡
この年のポイントまとめ
- 南満州鉄道の設立により、日本の大陸進出が本格化した
- 鉄道国有法により、国内交通網が統一された
- 満州における日本の影響力が強化された
- 戦後の国家体制が、国内外で同時に整備された
1906年は、日露戦争後の日本が新たな段階へと進んだ年です。
満州では南満州鉄道を拠点として影響力を拡大し、国内では鉄道国有化によってインフラの整備が進められました。
このように、日本は対外進出と国内整備を同時に進めることで、近代国家としての力をさらに強化していきます。
この年を理解することで、日本が戦争の勝利をどのように活用し、国力の拡大へとつなげていったのかが見えてきます。
また、その後の満州経営や大陸政策、さらには20世紀前半の日本の動きを理解する重要な出発点となります。
