1889年(明治22年)の出来事

大日本帝国憲法発布

今から137年前の出来事

1889年(明治22年)は、日本が近代国家としての制度を完成させ、「憲法国家」として正式にスタートした歴史的な年です。

これまで明治政府は、西洋をモデルに制度整備を進めてきましたが、この年ついに大日本帝国憲法が発布され、日本は立憲国家としての形を整えました。

同時に、鉄道の全通や産業の発展などにより、国家としての基盤も強化されていきます。

つまり1889年は、「制度と実力の両面で、近代国家として完成した年」といえます。

1889年のポイントQ&A

Q. 1889年は何が起きた?
A. 大日本帝国憲法が公布され、日本初の近代憲法が誕生しました。

Q. なぜ重要なのか?
A. 日本が立憲国家としての体制を正式に整えたためです。

Q. この後どうなる?
A. 翌1890年に帝国議会が開かれ、議会政治がスタートします。
1890年(帝国議会開設)を見る

1889年の重要出来事

憲法発布式
  • 大日本帝国憲法が発布され、日本初の近代憲法が制定された
  • 天皇を中心とする国家体制(立憲君主制)が確立された
  • 帝国議会の設置が定められ、政治制度の枠組みが整った

この年は何が変わったのか

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1889年(明治22年)は、日本が近代国家としての政治制度を完成させ、国家の基本ルールを明確にした年です。

大日本帝国憲法の発布

1889年2月11日、大日本帝国憲法が発布されました。

この憲法は、天皇が国家の元首として統治権を持つ一方で、法律や議会を通じて政治を行う仕組みを定めたものでした。

立憲君主制の確立

この憲法によって、日本は天皇を中心としながらも、憲法と法律に基づいて統治される「立憲君主制国家」となりました。

これにより、従来の藩や身分に依存した統治から、国家として統一された政治体制へと大きく転換します。

帝国議会の設置

憲法では、帝国議会の設置が定められ、法律や予算を審議する制度が整えられました。

これにより、日本は国民の代表が政治に関わる仕組みを持つようになり、近代国家としての形を整えていきます。

国民の権利の明確化

憲法の中では、言論・出版・信教・居住などの自由や、財産権の保障といった国民の権利も定められました。

ただし、それらは法律の範囲内で認められるものであり、国家の枠組みの中での権利として位置づけられていました。

つまり1889年は、日本が近代国家としての「政治のルール」を持った決定的な年でした。

この年の重要人物

1889年は大日本帝国憲法の発布によって、日本が立憲国家として正式にスタートした年です。この国家体制の完成を動かした人物を整理します。

■ 憲法制定・国家設計

  • 伊藤博文
    憲法制定の中心人物として大日本帝国憲法を起草し、日本の国家体制を設計した
  • 井上毅
    法制度の整備に関与し、憲法制定を支えた
  • 金子堅太郎
    憲法調査に関わり、制度設計に貢献した

■ 政治・政府運営

  • 山県有朋
    内閣総理大臣として憲法体制下の政治運営を担った
  • 黒田清隆
    前政権として近代国家体制の整備を進めた

■ 国家の象徴

  • 明治天皇
    憲法を発布し、日本の近代国家成立を象徴する存在となった

■ 外交・政治課題

  • 大隈重信
    条約改正を進める中で国内の強い反発を受け、政治問題の中心となった

出来事・事物起源・話題

1月16日
水戸・小山間の鉄道開通
1月23日
三池鉱山を三井に払い下げる
1月23日
徴兵令改正(徴兵猶予の制度廃止)
1月25日
石川島造船所、会社組織に改組発足
2月11日
大日本帝国憲法発布(立憲君主国の仲間入り)
2月11日
文部大臣森有礼刺殺される
2月11日
西郷隆盛へ、正三位を追贈
2月11日
「万歳三唱」が決まる
2月12日
黒田首相、地方長官に超然主義の方針を訓示
2月13日
日海軍治罪法公布
2月20日
紀淡海峡の砲台竣工
3月4日
清国、徳宗親政治始まる
3月31日
佐渡、生野の両鉱山、帝室財産に編入され、御料局支庁に属す
4月16日
メートル法条約に加盟する
4月16日
静岡・浜松間の鉄道竣工して、ここに初めて東海道全線の開通を見る
4月19日
大隈外相の条約改正案ロンドンタイムズに掲載され、以後反対世論高まる
4月21日
民法財産編公布
4月26日
法学、立法事業の恩人フランスボアソナード、帰国のため参内(御暇乞い)
5月9日
正岡子規、常盤会寄宿舎で血を吐く
5月11日
東京乗合馬車会社創立す
5月16日
帝国博物館(東京、京都、奈良)官制成り、博物館総長に九鬼隆一を任命
5月21日
最初の市会議員選挙、東京において本日より3日間行われる
5月28日
地久節の御儀初めて行われる
6月8日
市制実施後、最初の東京市会を開く
6月10日
第1回貴族院多額納税議員選挙
6月16日
横須賀線鉄道開通
6月20日
富山県伏木に米騒動
7月1日
呉、佐世保の南鎮守府開庁
7月1日
山梨県甲府に市制実施される
7月1日
東海道本線全通(新橋・神戸間鉄道全通)
7月15日
第2インター結成
7月24日
艦隊条令公布により、常備艦隊を編成
7月30日
第一回条約改正内閣会議
8月25日
条約改正反対派、東京にて大演説会を開く
9月11日
商業会議所条令公布
10月2日
第1回汎米会議
10月7日
海軍旗章条例により、それまで日章旗であったものが旭日旗に統一される
10月8日
逓信大臣後藤象二郎、条約改正問題を以て国家の不利とし、反対の旨を奏上する
10月11日
枢密院議長伊藤博文、大隈外相の条約改正案に反対し辞表を提出
10月13日
富山県魚津で米騒動
10月15日
御前会議で条約改正を議す
10月18日
大隈重信外相、暗殺未遂(玄洋社社員来島恒喜に襲われ負傷、条約改正中止)
10月20日
元老院廃止
10月21日
黒田首相辞表を提出
10月24日
黒田首相以下大隈外相を除く各大臣、辞表を提出
10月25日
内大臣三条実美内閣総理大臣を兼職する
11月3日
嘉仁親王、立太子式
11月10日
歌舞伎座、木挽町に開場
11月18日
北海道炭鉱汽船会社・鉄道会社創立
11月30日
地租改正条例公布される
12月10日
閣議にて、条約改正交渉延期決定される
12月13日
四条畷神社、別格官弊社に列格
12月19日
板垣退助、旧自由党員ら大阪で愛国公党を結成
12月24日
大隈重信外相、辞任
12月24日
第一次山県有朋内閣成立

総理大臣

黒田清隆(明治21年4月30日~明治22年10月25日)

三条実美(明治22年10月25日~明治22年12月24日)※内大臣兼任

山県有朋(明治22年12月24日~明治24年5月6日)

生活の話題

  • 警察官・消防官帯剣制定
  • 服飾に復古的な傾向強く現れ始め、日本髪用品の売れゆき良くなる

  • フランスの万国博覧会に上菱ビール出品される

  • 凾館水道竣工
  • 東京石工組合認可
  • 木挽町に歌舞伎座建つ
  • 大阪電燈、京都電燈、名古屋電燈、それぞれ開業
  • 福島県郡山水道会社開業
  • 年末、神奈川県、石油貯蔵規則を発布し、石油小売商人困難となる

文学

  • 『史学雑誌』創刊(12月)

その他

  • 徴兵令改正(一年志願兵制度)公布
  • 鉄道一千哩記念祝賀会
  • 東海道鉄道全通
  • 新聞・雑誌の郵税半額となる
  • 九州鉄道開業
  • 横須賀線開通

この年のポイントまとめ

  • 大日本帝国憲法が発布され、日本初の近代憲法が成立した
  • 天皇を中心とする立憲君主制国家が確立された
  • 帝国議会の設置により、近代的な政治制度が整った
  • 国民の権利と国家の仕組みが法的に明確化された

1889年は、日本が近代国家としての政治制度を完成させた年です。
大日本帝国憲法の発布によって、国家の統治の仕組みや国民の権利が法的に定められました。

これにより、日本は欧米列強と同じく、憲法を持つ国家として国際社会に立つことになります。

この年を理解することで、日本がどのようにして近代国家としての「制度」を整え、国際社会の一員となっていったのかが見えてきます。

また、その後の帝国議会の開設や政治の発展、さらには戦前日本の国家体制の特徴を理解するうえで、重要な基礎となります。

1889年のよくある質問 Q&A

Q. 1889年とはどんな年ですか?

1889年は、大日本帝国憲法が公布され、 日本が近代的な立憲国家として正式にスタートした年です。

Q. 大日本帝国憲法とは何ですか?

天皇を中心とする国家体制を定めた日本初の近代憲法です。 国の仕組みや政治のルールが明文化されました。

Q. なぜ憲法が必要だったのですか?

近代国家として国際社会に認められるため、 また国内の政治体制を安定させるために必要でした。

Q. どのような特徴がありますか?

天皇主権を基本としつつ、 議会や内閣といった近代的な制度を取り入れた点が特徴です。

Q. 誰が中心となって制定しましたか?

伊藤博文が中心となり、 ドイツ(プロイセン)の憲法を参考にして作られました。

Q. なぜ1889年は重要なのですか?

日本の政治体制が法的に確立され、 近代国家として完成したためです。

Q. 1889年の出来事はその後どうつながりますか?

翌1890年に帝国議会が開設され、 実際の議会政治が始まります。
1890年(議会政治の開始)を見る

Q. 他に重要な影響はありますか?

日本の政治制度が国際基準に近づき、 不平等条約改正への道が開かれました。

Q. 1889年の重要人物は誰ですか?

伊藤博文、明治天皇、山県有朋などが重要人物です。

Q. 1889年は日本にとってどんな意味がありますか?

1889年は、日本が近代国家として制度的に完成した年であり、 現代日本の政治の原点となる重要な節目です。

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