1911年(明治44年)は、日本が近代国家として成熟する一方で、国内外に大きな変動が現れた年です。
この年、大逆事件により幸徳秋水らが処刑され、社会主義運動への厳しい弾圧が行われました。また、日米新通商航海条約の締結によって関税自主権を回復し、日本は外交面でも大きな前進を遂げます。
さらに中国では辛亥革命が起こり、東アジアの国際情勢も大きく動き始めました。
つまり1911年は、「国内では統制が強まり、対外では主権を回復し、周辺情勢も大きく変化した転換の年」といえます。
日本はどのようにして主権を回復したのか?
不平等条約の改正により、日本は関税自主権を取り戻します。
明治維新からこの達成に至るまでの流れを時系列で確認できます。
Q. 1911年は何が起きた?
A. 関税自主権が回復し、不平等条約が完全に解消されました。
Q. なぜ重要なのか?
A. 日本が完全な主権国家として国際的に認められたためです。
Q. 世界では何が起きた?
A. 中国で辛亥革命が起こり、清が崩壊へ向かいました。
Q. この後どうなる?
A. 明治時代は終わり、日本は次の時代へ移ります。
→ 1912年(明治の終わり)を見る
目次
1911年の重要出来事
- 関税自主権が完全に回復され、不平等条約改正が達成された
- 工場法が公布され、労働環境改善への制度整備が始まった
- 辛亥革命が発生し、中国で清朝崩壊への動きが始まった
- 日本の工業化と都市化がさらに進展した
- 帝国国家としての日本外交と東アジア政策が強化された
出来事・事物起源・話題
- 1月12日
- レルヒ少佐が日本で初めてスキー術を指導する
- 1月18日
- 大審院が幸徳秋水ら大逆事件の被告24人に死刑判決を下す
- 1月24日
- 幸徳秋水らの死刑が執行される
- 1月26日
- 桂太郎と西園寺公望の会談により、政府と立憲政友会の提携が成立する
- 2月1日
- 徳富蘆花の「謀叛論」が問題となる
- 2月10日
- 帝国劇場が東京・丸の内に完成する
- 2月11日
- 貧民救済に関する勅語が発せられる
- 2月21日
- 夏目漱石が博士号を辞退する
- 2月21日
- 日米新通商航海条約が調印される(関税自主権を確立)
- 2月23日
- カーチスが世界初の水陸両用飛行機による水陸連続飛行に成功する
- 3月1日
- 帝国劇場の開場式が行われる
- 3月1日
- 東京中央停車場(後の東京駅)の建設工事が始まる
- 3月4日
- 帝国劇場が開場する
- 3月6日
- 南北朝正閏論問題が起こる
- 3月14日
- 文部大臣小松原英太郎が国史改訂を訓令する(南北朝正閏論問題への対応)
- 3月29日
- 朝鮮銀行法・工場法が公布される
- 4月1日
- 大分県大分町で市制が施行される
- 4月3日
- 東京の日本橋で竣工開通式が行われる
- 4月3日
- 朝鮮で最初の愛林デーが実施される
- 4月5日
- 日本初の飛行場となる所沢飛行場の開場式が徳川・日野両大尉によって行われる
- 4月7日
- 市制・町村制の改正が公布される
- 4月9日
- 日野大尉が所沢で40マイルの飛行に成功する
- 4月9日
- 吉原で大火が発生し、新吉原や千住など約6,500戸が焼失する
- 4月17日
- 朝鮮総督府が土地収用令を制定する
- 4月28日
- 日本で初めて航空写真が撮影される
- 5月8日
- 山形市で大火が発生し、約1,000戸が焼失する
- 5月10日
- 大阪府が日本初の消防自動車を導入する
- 5月19日
- スウェーデンと通商航海条約を調印する
- 5月20日
- 清国が四国借款団と600万ポンドの鉄道借款契約を結ぶ
- 5月30日
- 恩賜財団済生会が東京で設立される
- 6月3日
- 有朋堂文庫の刊行が始まる
- 6月5日
- 皇后陛下が日比谷公園で開催された日本赤十字社総会に行啓される
- 6月7日
- 青森県で記録的な雹が降り、約90センチ積もる
- 6月12日
- 国史教科書調査委員会が南朝を「吉野朝」と改めるべきと決議する
- 6月22日
- イギリス国王ジョージ5世の戴冠式に東伏見宮夫妻が参列される
- 7月5日
- 帝国学士院が理学博士木村栄に恩賜賞を授与する(緯度観測研究による功績で初の受賞)
- 7月7日
- 電車市有化反対の市民大会が開かれる
- 7月9日
- 東京市会が電車事業の市有化を決議する
- 7月10日
- 日本体育協会が創立される
- 7月13日
- 第三次日英同盟協約が調印される
- 7月16日
- 第1回模型飛行機大会が開催される
- 7月24日
- 朝鮮銀行法が公布される
- 7月26日
- 関東地方に台風が襲来する
- 8月28日
- 乃木希典大将が欧州視察から帰国する
- 8月30日
- 第二次西園寺内閣が成立する
- 9月1日
- 『青鞜』が創刊される
- 9月1日
- 新潟県高田市で市制が施行される
- 9月15日
- 東郷平八郎元帥が欧米視察から帰国する
- 9月20日
- 山田式飛行船が初飛行する
- 9月22日
- 文芸協会による『人形の家』の試演が行われる
- 10月1日
- 下関・門司間の連絡船で鉄道貨車をそのまま輸送する運用が始まる
- 10月10日
- 清国の武昌で蜂起が発生し、辛亥革命が始まる
- 10月24日
- 奥保鞏大将に元帥号が授与される
- 10月25日
- 片山潜・藤田四郎らが社会党を結成する
- 10月31日
- 横浜の吉田橋が完成する(日本初の近代的コンクリート造鉄橋)
- 10月31日
- 井上良馨大将に元帥号が授与される
- 11月1日
- 鴨緑江大鉄橋が完成し、朝鮮・満州連絡鉄道の開通式が新義州で行われる
- 11月5日
- 上野で開催中の文展で、日本画に対する不満から作品に墨汁が塗られる事件が発生する
- 11月15日
- 東京市職業紹介所が開設される
- 12月14日
- ノルウェーの探検家アムンゼンが人類初の南極点到達に成功する
- 12月31日
- 東京市電でストライキが発生する
この年に始まったこと
1911年(明治44年)は、幕末以来の課題であった不平等条約問題が大きく前進した年です。また、日本の工業化と国際的地位の向上を背景に、新たな時代への歩みが始まりました。
- 関税自主権の完全回復が始まった
新しい日米通商航海条約などが発効し、日本は関税自主権を回復しました。幕末以来続いた不平等条約体制は大きく転換しました。 - 条約改正の完成期が始まった
治外法権撤廃に続き関税自主権も回復され、日本は外交面で列強とほぼ対等な立場に立ちました。 - 近代国家完成後の新たな国際関係が始まった
不平等条約から脱却した日本は、列強の一員として国際社会で活動する時代へ入りました。 - 工業国家としての発展が新段階へ入った
重工業や輸出産業の成長を背景に、日本経済はさらなる発展期を迎えました。 - 明治時代総仕上げの時代が始まった
明治維新以来の制度改革がほぼ完成し、日本は次の時代への準備を進める段階へ入りました。
1911年は、「関税自主権回復によって条約改正が完成した年」でした。
この年は何が変わったのか
1911年(明治44年)は、不平等条約改正が完全達成され、日本が外交面で列強と対等な立場へ到達した年でした。一方で、中国では辛亥革命が始まり、東アジア情勢は大きく変化し始めていきます。
関税自主権回復によって不平等条約改正が完成した
1911年、日本は関税自主権を回復しました。これによって幕末以来続いていた不平等条約問題はほぼ解消され、日本は外交面で列強と対等な国家として認められていきます。
条約改正完成によって日本の国際的地位が向上した
領事裁判権撤廃に続く関税自主権回復によって、日本の近代化は外交面でも大きな成果を上げました。明治政府が長年進めてきた国家改革の集大成とも言える出来事でした。
辛亥革命によって東アジア情勢が大きく変化した
中国では辛亥革命が始まり、清王朝崩壊への流れが加速していきました。東アジアの勢力図が大きく変化する中、日本も中国情勢への関与を強めていきます。
桂園時代によって藩閥政治が続いた
桂太郎と西園寺公望が交互に政権を担う「桂園時代」が続いていました。政党政治は進展していましたが、依然として藩閥勢力が政治の中心を握っていきます。
工業化によって都市社会が拡大した
重工業や都市経済はさらに発展し、都市人口も増加していきました。一方で労働問題や社会格差も広がり、近代社会特有の課題が目立ち始めます。
明治国家体制が完成へ近づいた
外交・軍事・産業・政治制度などが整い、日本は列強国家としての地位をほぼ確立しました。1911年は、明治国家体制が完成段階へ達した重要な一年でした。
この年の重要人物
1911年(明治44年)は、関税自主権の完全回復が実現し、日本が不平等条約の改正をほぼ成し遂げた年です。また、中国では辛亥革命が勃発し、清朝が崩壊へ向かうなど、東アジア情勢も大きく変化しました。明治国家の外交的成熟と新たな国際情勢の始まりを理解するうえで重要な人物を整理します。
- 小村寿太郎
長年にわたり条約改正交渉を進め、関税自主権回復への道を開きました。1911年の完全回復はその外交努力の集大成といえます。 - 桂太郎
内閣総理大臣として関税自主権回復後の国家運営を担いました。明治後期政治を代表する人物です。 - 孫文
辛亥革命の指導者として活動しました。中国革命の象徴的人物であり、東アジアの歴史を大きく動かしました。 - 袁世凱
清朝末期の実力者として辛亥革命後の政局で重要な役割を果たしました。後の中華民国成立にも深く関わる人物です。
総理大臣
桂太郎(明治41年7月14日~明治44年8月30日)
西園寺公望(明治44年8月30日~大正元年12月21日)
生活の話題
食
- 東京京橋日吉町にカフェープランタンが出来て、今日のカフェの魁をなした
住
- 岡崎、神都、小倉、熊本、鹿児島、下関、新潟、岐阜、新城、奈良、姫路、九州、伏見、大牟田、八王子、呉、豊州、福島、山形、柳井、泉州、足利、甲府、福山、和歌山の各ガス会社それぞれ開業
出版
- 『おめでたき人』(武者小路実篤)
- 『基督抹消論』(幸徳秋水)
- 『此一戦』(水野広徳)
- 『刺青』(谷崎潤一郎)
- 『善の研究』(西田幾太郎)
その他
- 速達郵便規則公布
- 電気事業法公布
- 工場法公布
- 広告物取締法公布
- 中央線鉄道全通
- 東京市、市内三ヶ所に職業紹介所を設置
- 美濃電気軌道、松山電気軌道、博多電気軌道、それぞれ開業
- 東京市電、従業員総罷業
- 東京市、東京鉄道会社の電車施設を買収
- 鈴木梅太郎、ビタミンBの特許をとる
地方の話題
北海道
- 強風のため北海道各地に山火事がおこり、10数日間燃え続ける
- 小樽高等商業学校が開校する
東北
- 東北7藩が維新史料編纂会に史料の提出を拒否する
関東
- 鶴見総持寺で能登別院よりの遷祖式をおこなう(神奈川)
中部
- 中国革命の進展につき、名古屋第3師団に動員令くだる
近畿
- 大和の長谷寺が焼け、宝物多数が焼失する(奈良)
- 磯城郡多村の多神神社で古事記1200年記念祭をおこなう(奈良)
四国
- 小豆島の地主が寒霞渓を外人に売ろうとして問題となる
九州
- 九州帝国大学が開校
1911年のポイントまとめ
- 関税自主権が完全に回復された
不平等条約改正が実現し、日本は長年の課題だった関税自主権を完全に回復しました。 - 日本外交が大きな成果を上げた
幕末以来続いていた不平等条約問題がほぼ解消され、日本は列強と対等な国家へ近づきました。 - 辛亥革命が中国で発生した
清朝打倒を目指す辛亥革命が始まり、東アジア情勢は大きく変化し始めました。 - 日本の大陸政策がさらに重要性を増した
中国情勢の混乱を背景に、日本は満州や中国大陸への関与をさらに強めていきました。 - 明治国家完成期を象徴する年であった
1911年は、不平等条約改正完成によって日本近代国家が成熟する一方、新たな国際問題へ向かい始めた重要な年でした。
1911年は、関税自主権回復によって日本外交が大きな成果を上げた年でした。 幕末以来の不平等条約問題は大きく改善され、日本は列強国家としての地位を確立していきます。 その一方で、中国では辛亥革命が発生し、東アジア情勢は新たな時代へ動き始めていました。
1911年のよくある質問 Q&A
Q. 1911年とはどんな年ですか?
1911年は、関税自主権が回復し、 日本が完全な主権国家として認められた年です。 同時に東アジアでは大きな変動が起きました。
Q. 関税自主権とは何ですか?
自国の判断で関税を決められる権利で、 これにより経済的主権が確立しました。
Q. なぜ回復できたのですか?
法制度の整備と国力の向上により、 日本が近代国家として認められたためです。
Q. 辛亥革命とは何ですか?
中国で起きた革命で、 清王朝が倒れ共和制へ移行するきっかけとなりました。
Q. なぜ1911年は重要なのですか?
日本の近代化が完成すると同時に、 東アジアの国際秩序が大きく変化したためです。
Q. 日本への影響は何ですか?
経済的・政治的な独立が完成し、 列強としての地位が確立しました。
Q. この出来事はその後どうつながりますか?
明治時代は終わりを迎え、
日本は次の時代へと移行します。
→ 1912年(明治の終わり)へ
Q. 他に重要な流れはありますか?
東アジアの勢力バランスが変化し、 日本の役割も大きく変わっていきました。
Q. 1911年の重要人物は誰ですか?
小村寿太郎や中国側の革命指導者たちが重要です。
Q. 1911年は日本にとってどんな意味がありますか?
1911年は、日本の近代国家としての完成と、 次の時代への転換点となった年です。
主権回復は、日本にどのような意味を持ったのか?
条約改正の達成により、日本は近代国家としての地位を確立しました。
明治時代の変化とその成果をあわせて理解できます。
