1909年(明治42年)は、日本が対外関係を深める中で、大きな歴史的転機を迎えた年です。
この年、韓国統治を進めていた元老・伊藤博文がハルビン駅で暗殺され、国内外に大きな衝撃を与えました。
一方で、日本は韓国や満州への影響力をさらに強め、日韓協約の締結や満州をめぐる条約など、対外政策が大きく進展していきます。
つまり1909年は、「対外進出が進む中で、伊藤博文暗殺という大事件が起こり、時代の転換点となった年」といえます。
1909年の重要出来事
- 伊藤博文がハルビンで暗殺された
- 韓国併合に向けた動きが加速した
- 日本の大陸政策が大きく転換した
この年は何が変わったのか
1909年(明治42年)は、日本の対外政策が大きく転換し、韓国支配が決定的な段階へと進んだ年です。
伊藤博文の暗殺(ハルビン事件)
1909年10月、元首相の伊藤博文がハルビン駅で暗殺されました。
この事件は韓国の独立運動家によるもので、日本と朝鮮半島の関係に大きな衝撃を与えました。
韓国併合への流れの加速
当時、日本政府はすでに韓国併合の方針を検討していましたが、伊藤の死によって、その動きは一気に加速していきます。
結果として翌1910年、日本は韓国を併合することになります。
対外政策の転換(強硬路線へ)
伊藤博文は比較的慎重な対韓政策をとっていましたが、その死後、日本の政策はより強硬な方向へと傾いていきました。
これにより、日本の大陸政策は「影響力」から「直接支配」へと変化していきます。
大陸進出の本格化
日露戦争後に進められていた満州経営とあわせて、
日本は朝鮮半島と大陸への関与をさらに強めていきました。
つまり1909年は、日本が大陸における影響力を“支配”へと変え始めた転換点の年でした。
出来事・事物起源・話題
- 1月9日
- アメリカに排日問題再び起こる
- 1月9日
- 李王世子殿下、学習院中学部に入学
- 1月12日
- 電車賃値上反対東京市民大会
- 1月22日
- 日露間に満鉄連絡条約成立
- 2月2日
- 小村寿太郎外相の外交方針演説、満韓移民集中論として衆議院で問題となる
- 2月9日
- モロッコに関する独仏協定
- 3月1日
- 森永チョコレート発売
- 3月10日
- 『平民評論』発行
- 3月11日
- 日糖事件が発覚し、代議士多数拘引される
- 3月21日
- 大阪毎日新聞社主催の神戸―大阪間マラソン競争
- 4月1日
- 東京に発明博覧会開催
- 4月1日
- 樺太の大泊港開港される
- 4月11日
- 日糖疑獄事件により、衆議院議員多数検挙される
- 4月13日
- 貴族院令改正公布
- 4月14日
- 新生児の種痘義務化の種痘法公布
- 5月25日
- 『自由思想』創刊
- 5月31日
- 相撲の常設館(国技館)が完成
- 6月2日
- 東京・両国の国技館竣工開館
- 6月6日
- 渋沢栄一、70歳に達し、財界引退を声明.第一銀行・東京貯蓄銀行を除く61の会社役員を辞任
- 6月23日
- 仕立屋銀次検挙
- 7月4日
- 樞府議長伊藤博文、韓国へ赴く
- 7月5日
- 東京代々木に練兵場設置
- 7月6日
- 閣議で韓国併合の方針を決定
- 7月12日
- 日韓新協約成り、韓国の司法及び警察事務を日本に委託せらる
- 7月18日
- 高崎第15連隊、野外演習中に日射病患者70余名を出す(内6名が死亡)
- 7月23日
- ウエストン(日本アルプス名付親)来日
- 7月30日
- 臨時軍用気球研究会創設(最初の航空施設)
- 7月31日
- 大阪市の大火(北区空心町より出火、約1万1,360戸焼失、北部市街全滅)
- 8月14日
- 東近江地方の大地震(死者30名、負傷者約160名、倒潰焼失家屋多数)
- 8月27日
- 軍用気球会長に陸軍中将長岡外史、任命される
- 9月4日
- 日清間の間島及び満州協約成立
- 9月22日
- 初めて外国より野球選手を招き、日米野球試合開かれる
- 10月11日
- 三井家、組織を変更、三井合名会社が設立される(銀行・物産・鉱山を株式会社組織にする)
- 10月25日
- 軍事機密発明特許規定公布
- 10月26日
- 伊藤博文、ハルピン駅頭で暗殺される(犯人は韓国人独立運動家・安重根)
- 10月29日
- 韓国銀行設立
- 11月2日
- イギリスのキッチナー元帥来朝
- 11月4日
- 日比谷にて伊藤博文公国葬
- 11月7日
- 東京本所に無料宿泊所解説
- 11月17日
- 山県有朋、枢密院議長に任命
- 11月21日
- 門司・鹿児島間、九州鉄道全通
- 11月28日
- 旅順表忠塔の除幕式挙行
- 12月8日
- チリ公使館開庁
- 12月9日
- 上野でグライダーの初滑走
- 12月16日
- 東京山の手鉄道、電化開通する
- 12月18日
- 米国、満州鉄道中立化案提議
- 12月24日
- 賀川豊彦、貧民窟で活動開始
- 12月24日
- 北里柴三郎博士、医学士の功に依り、ノルウェー皇帝より勲章を授与される
総理大臣
桂太郎(明治41年7月14日~明治44年8月30日)
生活の出来事
衣
- ベールの流行始まる
食
- ビヤホールができる
- 琺瑯びきの弁当箱が用いられ始める
住
- 八幡ガス(7月)・一宮ガス会社(8月)それぞれ開業
- 折りたたみ式寝台兼用安楽椅子販売の新聞広告あり
- 宮内省の各部局に南京虫が出る
- 三徳商店三徳瓦のほか、スレートをつくる事業を始める
- 下谷に二階建ての洋式長屋が建つ(東京における洋風長屋の最初)
- 家庭燃料としてのガスの宣伝や文明厨炉・改良カマド・石油コンロなどの新聞広告しきりにあり、またガスコークスが家庭燃料として登場し始めた
出版
- 『元禄快挙録』(福本日南)
- 『金色夜叉』(小栗風葉)
- 『邪宗門』(北原白秋)
- 『東京方眼図・東京地名索引』(森鴎外)
- 『後狩詞記』(柳田国男)
- 『パンの略取』(幸徳秋水訳)
- 『文芸百科全書』(島村抱月)
その他
- 種痘法公布
- 新聞紙法公布
- 八幡町民有志同盟を結成し、八幡製鉄所に対し購買会廃止を嘆願
- 上野より山手まわり電車、新橋まで開通
- 呉電気鉄道開業
- 鉄道青年会誕生
- 関西本線・鹿児島本線・高崎線鉄道全通
- 高峰博士タカジアスターゼの特許をとる
- 中部管理局は労働者の団体遊覧乗車に割引措置をとる旨を告知
- 東京商店の御用聞店員たち、毎日青山の原で自転車競走をなす
- 懐中電燈が利用されている
地方の出来事
北海道
- 無線電信開始のため、根室国の落石岬に電信局をつくる
近畿
- フェノロサの遺骨をロンドンより運び三井寺に葬る(滋賀)
中国
- 下関に振替貯金支局を新設し、中国・四国・九州の振替貯金を取扱う
九州
- 鹿児島線が全通する
この年のポイントまとめ
- 伊藤博文の暗殺により、日本の対外政策に大きな衝撃が走った
- 韓国併合への動きが加速し、支配体制が強まった
- 対外政策が慎重路線から強硬路線へと変化した
- 日本の大陸進出がさらに本格化した
1909年は、日本の対外政策が大きく転換した年です。
伊藤博文の暗殺は、日本と朝鮮半島の関係に大きな影響を与え、その後の韓国併合へとつながる流れを加速させました。
また、日本は満州と朝鮮の両面で影響力を強め、帝国主義国家としての性格をより明確にしていきます。
この年を理解することで、日本がどのようにして大陸への進出を強め、「支配」という段階へと進んでいったのかが見えてきます。
また、1910年の韓国併合や、その後の東アジア情勢の変化を理解する重要な鍵となります。
