1910年(明治43年)は、日本が対外進出を決定的なものとし、国家のあり方が大きく変わった年です。
この年、日本は韓国を併合し、朝鮮半島を植民地として支配する体制を築きました。これにより、日本は本格的な帝国国家として歩みを進めていきます。
一方で、大逆事件が発生し、社会主義者や思想運動への厳しい弾圧が行われ、国内の言論や思想の自由は大きく制限されました。
つまり1910年は、「対外では帝国化が進み、国内では統制が強まった転換の年」といえます。
なぜ日本は韓国併合へと進んでいったのか?
日露戦争後、日本は朝鮮半島への支配を強め、ついに韓国併合へと至ります。
明治維新からこの年に至るまでの外交と発展の流れを時系列で確認できます。
Q. 1910年は何が起きた?
A. 日本が韓国を併合し、朝鮮半島を統治下に置きました。
Q. なぜ重要なのか?
A. 日本の対外政策が帝国主義的に大きく転換したためです。
Q. この後どうなる?
A. 日本は列強の一員として国際政治に深く関与していきます。
→ 1912年(明治の終わり)を見る
目次
1910年の重要出来事
- 韓国併合が行われ、日本による朝鮮統治が始まった
- 韓国統監府が廃止され、朝鮮総督府が設置された
- 大逆事件が発生し、社会主義運動への弾圧が強化された
- 日本の帝国国家化と大陸進出がさらに進展した
- 国家統制と思想統制が強まる時代へ入り始めた
出来事・事物起源・話題
- 1月21日
- 日露両国が満州鉄道中立化案を拒否する
- 1月23日
- 逗子開成中学ボート部員12人と小学生1人が七里ヶ浜沖で遭難する
- 2月6日
- 学生相撲大会が初めて開催される(早稲田大学と慶應義塾大学の相撲選手が羽田グラウンドで対戦)
- 2月9日
- 日清間で郵便条約が成立する
- 2月23日
- 日本初の飛行場として所沢が選定される
- 3月12日
- 銚子沖で暴風雨により漁船133隻が遭難し、2,000人以上が溺死する
- 3月13日
- 憲政本党と又新会などが合同し、立憲国民党を結成する
- 4月1日
- 新潟医学専門学校が開校する
- 4月15日
- 佐久間艇遭難事件が発生する(広島湾で第六号潜水艇が浮上できず、乗組員全員が死亡)
- 4月19日
- 海軍大臣斎藤実が参内し、陛下に第六号潜水艇引き揚げの経緯と乗組員の殉職について奏上する
- 5月3日
- 青森市で大火が発生し、市街地の大半が焼失する
- 5月14日
- 日英博覧会がロンドンで開催される
- 5月19日
- ハレー彗星が地球に再接近し、日本でも流言や噂が広がって社会不安を呼ぶ
- 5月25日
- 宮下太吉が爆発物製造の容疑で逮捕される(大逆事件の捜査開始)
- 5月29日
- 東京で広瀬中佐銅像の除幕式が行われる
- 5月30日
- 寺内正毅陸軍大臣が韓国統監を兼任する
- 6月1日
- 湯河原で幸徳秋水が逮捕される
- 6月22日
- 世界初の旅客空輸として、ドイツのツェッペリン飛行船(LZ7号)が運航を開始する
- 7月4日
- 第二次日露協約が調印される
- 7月15日
- 欧友会と秀英会の間でクローズド・ショップ協定が締結される
- 7月22日
- 朝鮮・木浦沖で汽船「鉄嶺丸」が座礁沈没し、船長以下200人以上が溺死する
- 7月29日
- 樺太神社が創建され、官幣大社に列格される
- 8月16日
- 日韓併合に関する覚書が交付される
- 8月22日
- 日韓併合条約が調印される
- 8月29日
- 韓国を併合し、国名を朝鮮と改める
- 9月1日
- 新潟県高田市で市制が施行される
- 9月14日
- 御船千鶴子の千里眼が評判となり、東京帝国大学の九博士による立会実験が行われる
- 9月30日
- 朝鮮総督府官制が公布される
- 10月1日
- 韓国統監の寺内正毅が初代朝鮮総督に任命される(陸軍大臣兼任)
- 10月1日
- 裁判所が開設される
- 10月7日
- 朝鮮の貴族に爵位が授与される
- 10月8日
- 朝鮮総督府の寺内正毅が、臨時恩賜金1,739万8千円を各道に配分する
- 10月9日
- 京城で日鮮人大懇親会が開催される
- 11月3日
- 東京九段偕行社で帝国在郷軍人会の発会式が行われる
- 11月3日
- 鉄道回遊券が初めて発行される
- 11月4日
- ロシア皇帝とドイツ皇帝がポツダムで会談する
- 11月10日
- 対清四国(英・米・独・仏)借款団が成立する
- 11月26日
- 日比谷で南極探検隊の送別会が開かれる
- 11月28日
- 白瀬中尉らが南極探検へ出発する
- 12月10日
- 大逆事件の第一回公判が開かれる
- 12月14日
- 日野熊蔵大尉が単葉飛行機による飛行実験を行う(飛行記録達成には至らず)
- 12月17日
- 高田師団にスキーが贈られる
- 12月19日
- 徳川大尉が複葉機による飛行に成功する(日本初の飛行成功記録)
- 12月26日
- オランダ人クラッセルにより、富士山で初めてスキーが行われる
- 12月31日
- 堺利彦が「売文社」を開業する
この年に始まったこと
1910年(明治43年)は、日本の対外政策が大きな転換点を迎えた年です。韓国併合によって日本の植民地統治が新たな段階へ入り、東アジアにおける影響力がさらに拡大しました。
- 韓国併合が始まった
日韓併合条約が締結され、韓国は日本に併合されました。日本統治下の朝鮮時代が始まりました。 - 朝鮮総督府が設置された
韓国統治のための行政機関として朝鮮総督府が設置され、本格的な植民地統治が始まりました。 - 朝鮮統治体制が始まった
日本は朝鮮半島を直接統治する体制へ移行し、行政・警察・教育制度の整備を進めました。 - 日本の植民地経営が新段階へ入った
台湾に続き朝鮮を統治することで、日本の植民地政策は大きく拡大しました。 - 大陸政策の本格展開が始まった
朝鮮と満州を軸とした日本の大陸政策が新たな段階へ入りました。
1910年は、「韓国併合と朝鮮統治が始まった年」でした。
この年は何が変わったのか
1910年(明治43年)は、韓国併合によって日本が本格的な植民地帝国へ進んだ年でした。一方で、大逆事件による思想弾圧も行われ、日本社会では国家統制色がさらに強まっていきます。
韓国併合によって日本の植民地支配が本格化した
1910年、日本は韓国併合条約を締結し、大韓帝国を正式に併合しました。これによって韓国は日本の植民地となり、日本は本格的な帝国国家として歩み始めます。
朝鮮総督府によって統治体制が整えられた
韓国併合後、日本は朝鮮総督府を設置しました。軍人出身の総督が強い権限を持ち、朝鮮統治を進めていく体制が整えられていきます。
韓国統監府から植民地統治へ転換した
それまでの韓国統監府による保護国支配から、直接統治による植民地支配へ大きく転換しました。日本の大陸政策はさらに拡大路線へ進んでいきます。
大逆事件によって思想弾圧が強化された
1910年には幸徳秋水らが関わったとされる大逆事件が発生しました。政府は社会主義者や無政府主義者への取り締まりを強化し、思想統制色をさらに強めていきます。
社会主義運動への警戒が高まった
日露戦争後の社会不安や労働問題を背景に、社会主義思想は徐々に広がっていました。政府はこれを危険視し、厳しい監視体制を整えていきます。
帝国国家としての日本が完成段階へ入った
韓国併合・軍備拡張・産業発展・思想統制が進み、日本は本格的な帝国国家としての形を整えていきました。1910年は、日本が「近代国家」から「植民地帝国」へ大きく転換した歴史的な一年でした。
この年の重要人物
1910年(明治43年)は、日韓併合条約が締結され、韓国が日本に併合された年です。これにより朝鮮総督府が設置され、日本の統治領域は大きく拡大しました。一方で、大逆事件が発覚し、国内では社会運動や思想統制をめぐる問題も表面化しました。この年を理解するうえで重要な人物を整理します。
- 寺内正毅
初代朝鮮総督に就任しました。朝鮮総督府を率い、日本による朝鮮統治の出発点を担った人物です。 - 桂太郎
内閣総理大臣として日韓併合を推進しました。明治後期の対外政策を主導した中心人物です。 - 李完用
大韓帝国の首相として日韓併合条約の締結に関与しました。韓国近代史において評価が大きく分かれる人物です。 - 幸徳秋水
大逆事件の中心人物として逮捕されました。社会主義運動や言論の自由をめぐる問題を考える上で重要な存在です。
総理大臣
桂太郎(明治41年7月14日~明治44年8月30日
生活の話題
衣
- 男セル、女メリンスのアンドン袴、この頃より行われる
食
- 魔法瓶輸入
住
- 警視庁はガラス製ランプ危険につき金属製ランプに改めるよう、東京市内を厳重に取締る
- 『実業之世界』、東京の電燈料金値下げを提唱する
- 門司市民、電燈値下げ運動をなし同盟罷灯
- 宮内省は明治初期に建てた古い西洋館を取り壊して宮城内に移転する事に決定
- 豊橋、日本、知多、京都、浜松・仙台・岡山、静岡、門司、大津、各ガス会社それぞれ開業
出版
- 『三千里』(河東碧梧桐)
- 『遠野物語』(柳田国男)
その他
- 日本石油、宝田石油、スタンダード、ライジングサンの四社間に石油販売に関する第一回協約
- 大阪紡績、松島分工場に同盟罷業起こる
- 通行税法公布
- 織物消費税公布
- 福博電気軌道開業
- 神戸電気鉄道開業
- 電話規則改正
- 小倉市、各寺院孟蘭盆会を新暦で行なうことに決議、商店側は一月遅れを希望して8月に行うことに決定
- 日本橋・本所等、東京市内警察左側交通の取締指導する
地方の話題
北海道
- 根室港を開港し、水産物に限って輸入を認める
東北
- 秋田鉱山専門学校・米沢高等工業学校を創設
関東
- ハレー彗星通過を東京天文台で観測できなかった
- 幸徳秋水が湯河原温泉の旅館で逮捕される(神奈川)
- 徳川・日野大尉が代々木練兵場で飛行機にのる(東京)
中部
- 宮下太吉が信州明科の山中で逮捕される(長野)
- 上田蚕糸専門学校が開校(長野)
近畿
- 川上音二郎が大阪帝国座を開く(大阪)
中国
- 広島湾で潜航訓練中の第六号潜水艇が沈没し、佐久間艦長以下全員死亡
四国
- 人造藍の輸入増加で阿波の天然藍の生産は3割落ちる
九州
- 熊本で社会主義者新見卯一郎らが逮捕される
1910年のポイントまとめ
- 韓国併合が行われた
日本は韓国併合条約を締結し、韓国を正式に植民地化しました。 - 朝鮮総督府が設置された
日本は朝鮮総督府を設置し、朝鮮半島への統治体制を本格化させました。 - 日本の帝国主義政策がさらに拡大した
日露戦争後の大陸進出政策は継続され、日本は東アジアでの影響力を強めていきました。 - 大逆事件が発生した
幸徳秋水らが逮捕された大逆事件によって、政府は社会主義運動や思想統制を強化しました。 - 明治国家が新たな段階へ進んだ年であった
1910年は、韓国併合と思想統制強化によって、日本が帝国国家として大きく姿を変え始めた重要な年でした。
1910年は、韓国併合によって日本の大陸支配が本格化した年でした。 また、大逆事件を通じて政府による思想統制も強まり、日本社会には新たな緊張が広がっていきます。 明治国家は近代化を進める一方で、帝国主義国家として新たな時代へ入っていくことになりました。
1910年のよくある質問 Q&A
Q. 1910年とはどんな年ですか?
1910年は、日本が韓国を併合し、 朝鮮半島を統治下に置いた年です。
Q. 韓国併合とは何ですか?
日本が大韓帝国を併合し、 植民地として支配した出来事です。
Q. なぜ併合が行われたのですか?
日露戦争後の勢力拡大と、 朝鮮半島の安定を確保するためとされました。
Q. 日本への影響は何ですか?
日本の領土と影響力が拡大し、 帝国としての性格が強まりました。
Q. なぜ1910年は重要なのですか?
日本の対外政策が決定的に転換し、 帝国主義国家としての道を進んだためです。
Q. 1910年の出来事はその後どうつながりますか?
日本は国際政治に深く関与し、
その後の歴史へと大きく影響していきます。
→ 1912年(明治の終わり)へ
Q. 他に重要な流れはありますか?
植民地統治の開始により、 日本の政策と社会に大きな影響が及びました。
Q. 1910年の重要人物は誰ですか?
寺内正毅、桂太郎などが関係する重要人物です。
Q. 1910年は日本にとってどんな意味がありますか?
1910年は、日本が帝国としての道を確立した年です。
韓国併合によって、日本はどのような国家へ変わっていったのか?
日本は東アジアへの影響力をさらに強め、“帝国国家”として次の時代へ進んでいきます。
明治後期から大正時代へ向かう流れをあわせて理解できます。
