1888年(明治21年)の出来事

枢密院設置と憲法制定準備

今から138年前の出来事

1888年(明治21年)は、日本が近代国家としての制度を最終段階まで整え、「憲法国家」へ移行する直前の準備が整った年です。

明治政府はこれまで、中央集権化や近代制度の整備を進めてきましたが、この年は特に政治制度と地方制度の両面で大きな進展が見られます。

枢密院の設置や市制・町村制の公布などにより、国家運営の仕組みが具体的に整えられていきました。

つまり1888年は、「近代国家としての制度が完成直前まで整った年」といえます。

1888年の重要出来事

枢密院憲法会議
枢密院憲法会議

■ 枢密院の設置

1888年、天皇の諮問機関として枢密院が設置されました。
これは憲法制定に向けた重要な機関であり、憲法草案の審議などを行う役割を担いました。
近代国家の統治体制を支える中枢機関の誕生です。

■ 市制・町村制の公布

地方自治制度の基盤となる市制・町村制が公布されました。
これにより、地方行政の仕組みが整備され、近代国家としての地方統治体制が確立していきます。
中央集権国家を支える地方制度が整った重要な改革です。

■ 黒田内閣の成立

黒田清隆を首相とする内閣が成立し、政府の体制が再編されました。
憲法制定に向けた政治運営が本格化していきます。

■ 憲法制定に向けた動き

憲法草案の審議が進められ、国家体制の最終設計が行われました。
これは翌1889年の大日本帝国憲法公布へとつながる重要な準備段階です。

■ 近代社会・文化の発展

喫茶店の登場や新たな文化の広がりなど、都市生活も徐々に近代化していきました。

この年は何が変わったのか

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1888年は、日本が「制度を整える段階」から「制度が完成する直前の段階」へと進んだ年です。

それまでの日本は、中央集権化や内閣制度の整備などを進めてきましたが、この年には
・枢密院の設置
・地方制度の整備
・憲法草案の具体化
といった動きが同時に進みました。

これはつまり、「国家の設計図がほぼ完成し、実行を待つ段階に入った」ことを意味します。

つまりこの年は、「近代国家としての枠組みが完成直前に達した年」です。

この流れは、1889年の大日本帝国憲法公布、1890年の帝国議会開設へとつながっていきます。

出来事・事物起源・話題

2月1日
大隈重信、外相に就任
2月3日
文部省、高崎正風詞・伊沢修二曲の「紀元節歌」を学校唱歌として府県・直轄学校に送付
2月25日
大阪・名古屋・広島・熊本の各師団に騎兵大隊を設置
3月16日
世界初の自動車購入者はパリのロジェと記録
4月3日
雑誌『日本人』創刊
4月13日
東京上野黒門町に日本初の珈琲喫茶店「可否茶館」開店
4月25日
市制・町村制公布
4月30日
枢密院設置(初代議長に伊藤博文を任命)
4月30日
黒田清隆内閣成立
5月7日
学位令による日本で最初の博士誕生(加藤弘之、箕作麟祥、鳩山和夫、高木兼寛ら25名)
5月8日
枢密院開院式(枢密会議において初めて皇室典範を議せる)
5月12日
陸軍各条令大改正公布
5月14日
陸海軍参謀本部条例改正
5月25日
憲法草案会開かれる
5月29日
麒麟(キリン)ビール発売
6月1日
東京天文台、麻布に新設される
6月6日
御歌所設置(所長に高崎正風)
6月10日
乃木希典、ドイツ留学より帰朝(以来性格一変して謹厳そのものとなる)
6月18日
枢密院会議に明治天皇御臨(伊藤博文を議長として憲法議事第一回開かれる)
6月19日
日本赤十字社に資金下賜
6月21日
皇城内に初めて電燈点火する
7月14日
海軍大学校官制公布
7月15日
磐梯山大爆発
7月29日
朝鮮志士金玉均、札幌に移される
10月1日
わが国初の火災保険会社、東京火災保険会社、営業開始
10月7日
中国初の海軍「北洋艦隊」が編成される
10月10日
国会議事堂の起工式を挙ぐ
10月14日
皇城二重橋、二ヵ年を要し竣工
10月27日
皇城を「宮城」と改称する
10月28日
四国初の鉄道、伊予鉄道松山・三津ヵ浜間開通
10月30日
東京大学に史料編纂係を置く
11月3日
帝国水難救済会創立
11月14日
パストゥール科学研究所設立
11月15日
天竜川に鉄橋架設竣工する
11月20日
立憲政党新聞、大阪毎日新聞と改称
11月26日
東京に海軍大学校開校される
11月30日
条約改正後最初の締約(日本・メキシコ間に対等条約成立)
12月3日
全国を3府43県と改める
12月3日
最初の写真印刷法発明特許、池田早苗出願
12月4日
香川県、愛媛県から独立
12月8日
牛島謹爾、郷里久留米を出発、渡米の途に上る(後に馬鈴薯の栽培に成功し「馬鈴薯王」と成る)
12月11日
東京美術学校、上野に設立

総理大臣

伊藤博文(明治18年12月22日~明治21年4月30日)

黒田清隆(明治21年4月30日~明治22年10月25日)

生活の話題

  • 三越洋服店開業(1月)
  • 綿ネル、支那輸出始まる

  • 日本橋の西洋料理店「新吾妻」玉突場の営業広告を出す
  • 非常に暑く氷がよく売れる
  • 天長節の宴会に大隈外相は鹿鳴館に1,000余名の招待状を出す
  • 神戸港以外より米輸出されるに至る(下関・門司・口ノ津)
  • 秦孝一郎が孵卵器の改良をして安価となる
  • 伊豆地方の種無し密柑、和歌山をしのいで東京市場を賑わす
  • 東京風月堂米津がアイスクリームやウォーターアイス(アイスキャンデー)をつくる
  • 喫茶店がはじめて上野黒門町にできた
  • 品川硝子製造所が民間に払下げられビール瓶の製造に成功
  • 東京師団に白米病といわれた脚気患者出る

  • 神戸電燈会社開業(9月)
  • 東京市内、ガラス障子の家がかなり出てくる

文学

  • 『日本人』創刊(4月)

その他

  • 東京・熱海間電話開通
  • 警視庁不潔な円太郎馬車を諭告
  • 東京府は乗合馬車の馭者、馬丁満20歳以下を禁じ、乗合馬車激減
  • 国歌「君が代」の制定公布
  • 静岡、東京長距離電話試験に成功
  • 支那カバンが柳行李にかわり流行する
  • 東京に二人乗人力車が多かったが、漸次減少

この年のポイントまとめ

✔枢密院の設置により、憲法制定の体制が整った
✔市制・町村制の公布で地方制度が確立された
✔黒田内閣の成立で政治体制が再編された
✔憲法制定に向けた準備が最終段階に入った
✔日本は「制度整備」から「制度完成直前」へ進んだ

1888年は、日本が近代国家として完成する直前の重要な年です。
この年を理解することで、1889年の憲法公布と1890年の議会政治の開始がより明確に見えてきます。

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