1883年(明治16年)の出来事

鹿鳴館時代と欧化政策

今から143年前の出来事

1883年(明治16年)は、日本が欧米に並ぶ近代国家を目指し、制度と文化の両面で整備を進めた年です。

この年、太政官日誌に代わって官報が発行され、政府の情報伝達が近代的な形へと改められました。また、憲法制定に向けた準備も始まり、国家体制の整備が本格化していきます。

さらに鹿鳴館が開館し、西洋式の外交と社交が盛んになるなど、日本は外に向けて「近代国家」を強く意識した姿を示しました。

つまり1883年は、「制度を整え、文化でも欧米化を進めた近代国家形成の年」といえます。

この年の重要出来事

明治16年は、日本が欧米列強に並ぶ近代国家を目指し、制度と文化の両面で整備を進めた年である。象徴的な出来事は鹿鳴館の完成であり、政府は条約改正を目指して西洋式の社交文化を積極的に取り入れた。華やかな舞踏会や外交儀礼を通じて、日本が文明国であることを示そうとしたのである。

またこの年には、日本銀行が開業し、近代金融制度が本格的に動き始めたほか、官報の発行が開始され、政府の情報伝達も整備された。

欧化政策の象徴と、国家制度の整備が進んだ年

この年は何が変わったのか

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この年、日本は「制度の近代化」から「国際社会への適応」へと段階を進めた。憲法制定に向けた準備が進む中で、単に制度を整えるだけでなく、外交の場で通用する国家としての姿を意識するようになる。

鹿鳴館に象徴される欧化政策は、日本が西洋諸国と対等な関係を築こうとした試みであり、文化や生活様式までも含めて近代国家としての姿を演出するものであった。

一方で、日本銀行の開業や官報の発行といった制度整備は、国家運営の基盤を強化し、近代国家としての機能をより確かなものにしていく。

つまりこの年は、「外に向けた近代化(欧化)」と「内側の制度整備」が同時に進んだ年である。

出来事・事物起源・話題

1月4日
叙勲の条令制定
2月4日
北畠道隆、日本人として初めてインドの釋尊聖跡を訪ね記念碑を建てる
2月12日
東京法院を開き、国事犯最初の審問を開始する(福島事件審問を開始)
2月16日
天気図初めて発行される(七色刷りの天気図で一日一回発行)
2月27日
伊能忠敬へ正四位追贈される
3月15日
立憲政党解党
3月20日
高田事件(内乱陰謀容疑)起こる
4月12日
参謀本部内に初めて陸軍大学校開設、この日開校される
4月16日
新聞紙条例改正(取締り強化)
4月16日
西洋流の園遊会、初めて大隈重信邸内に催される(立憲改進党結党1周年祝賀、来賓者110数名)
4月23日
自由党大会、改進党攻撃を決議する
4月28日
日本銀行開業
5月8日
第一回日本水産会開催
6月15日
日本銀行に国庫金取扱を命ず
6月22日
自由党の総理板垣退助及び後藤象二郎、巡欧の旅より帰国
6月23日
駒場農学校、第一回学位授与式
6月29日
出版条例改正
7月2日
「官報」第一号を発行
7月4日
東京の大水害(千住大橋落ちる)
7月5日
明治天皇、右大臣岩倉具視邸に臨み、その病患を親しく問はせ給う
7月7日
鹿鳴館落成する
7月19日
明治天皇、岩倉具視邸に臨み親しくその病床を見舞う(岩倉具視感泣す)
7月20日
岩倉具視薨去(享年59歳)
7月25日
品川浅間台において岩倉具視の葬儀執行(最初の国葬)
7月28日
上野・熊谷間鉄道開通(日本初の市営鉄道経営)
8月4日
東京湯島書籍館に地方会議所を設け、改めて議院と称す
8月16日
干ばつのため和歌山県の各地で水騒動続発
9月9日
大日本教育会創立(初代会長に辻新次を推す、帝国教育会の前身)
9月24日
奥宮健之ら車会党結成、即日禁止
9月24日
立憲帝政党解党
11月12日
観菊御宴開かれる
11月20日
天璋院篤姫逝去(享年48歳)
11月28日
鹿鳴館、開館式挙行
12月25日
大阪府に憲兵分署を設ける
12月28日
徴兵令を改正(免役を廃止、現役・予備役・後備役の制を定める)

生活の話題

  • 大阪紡績開業する
  • 金巾輸入激減する
  • 書生・士族の子弟らの間に麦わら帽子流行し始める

  • 東京に偕楽園・陶々亭の支那料理店ができる
  • 栃木県で外国煙草の試作をなす

  • 東京電燈株式会社創立

文学

  • 矢野竜渓著『経国美談』発行(1月)
  • 馬場辰猪著『天賦人権論』刊行(1月)
  • 井上勤訳『人肉質入裁判』(ベニスの商人)刊行(10月)
  • 井上勤訳『魯敏孫漂流記』(ロビンソン漂流記)刊行

その他

  • 市内巡査交番所に天気予報を掲げることとなる
  • 太政官日誌を廃し、官報となる
  • 帝国教育会設立
  • 丸ノ内馬場先門外に補修道路(タタキ路)ができる
  • 山形県ハッカの輸出に成功し、県下至る処ハッカの栽培流行す
  • 浅野セメント・大日本製薬・東京製氷等設立

この年のポイントまとめ

  • 外交:鹿鳴館完成で欧化政策が本格化
  • 経済:日本銀行開業で近代金融制度が始動
  • 制度:官報発行で政府の情報伝達が整備
  • 社会:西洋文化の受容とその批判が広がる
  • 国家:近代国家としての体制が一段と強化

まとめると「欧化政策と制度整備によって、日本が国際社会への適応を進めた年」

1883年は、日本が単なる制度の近代化から一歩進み、国際社会の中で通用する国家を目指し始めた年です。
この年を理解することで、その後の条約改正や憲法制定へとつながる流れがより明確に見えてきます。

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