1900年(明治33年)は、近代国家としての日本が整い、その力を内外に発揮し始めた転換の年です。
明治維新から約30年を経て、日本は政治制度・軍事・産業の面で大きく発展していました。
この年は、政党政治の進展と社会統制の強化が進む一方で、中国で起きた義和団事件への出兵など、対外的な動きも活発化します。
つまり1900年は、「完成した国家が、内外に向けて動き始めた年」といえます。
日本はなぜ政党政治と対外進出を同時に進めていったのか?
立憲政友会の成立により政党政治が発展する一方、日本は列強の一国として海外への関与も強めていきます。
明治維新からこの年に至るまでの政治と発展の流れを時系列で確認できます。
Q. 1900年は何が起きた?
A. 義和団事件に出兵し、日本は列強とともに清へ軍を派遣しました。
Q. なぜ重要なのか?
A. 日本が国際社会で軍事的な役割を果たし始めたためです。
Q. この後どうなる?
A. ロシアとの対立が激化し、日露戦争へ進みます。
→ 1904年(日露戦争)を見る
目次
1900年の重要出来事
- 立憲政友会が結成され、伊藤博文が総裁に就任した
- 義和団事件が発生し、日本は列強とともに出兵した
- 治安警察法が制定され、政治運動や労働運動への統制が強化された
- 日本の対外進出と軍事的影響力がさらに拡大した
- 政党政治と帝国国家化が同時に進展した
出来事・事物起源・話題
- 1月16日
- 長距離電話サービスが開始される
- 1月28日
- 社会主義研究会が社会主義協会へ改組される
- 3月7日
- 「未成年者喫煙禁止法」「産業組合法」「重要物産同業組合法」などが公布される
- 3月10日
- 治安警察法公布
- 3月23日
- 日本興業銀行法が公布される
- 3月24日
- アメリカ初の地下鉄がニューヨークで開通する
- 3月29日
- 衆議院議員選挙法が改正され、選挙権資格が直接国税10円以上納税者へ引き上げられる
- 4月1日
- 東海道線の列車に乗客専務車掌が配置される(乗務車掌制度の始まり)
- 4月8日
- 日本初の寝台列車が山陽鉄道で運行開始される(当初は一等寝台車のみ)
- 4月19日
- 福井の大火(約1,700戸焼失)が発生する
- 4月30日
- 『軍艦マーチ』が初演される
- 5月10日
- 大和田建樹作詞『地理教育鉄道唱歌』第一集が発行される
- 5月10日
- 日本初の電気自動車が公開される
- 5月12日
- ナイチンゲール80歳の誕生日を祝い、日本赤十字社から記念品が贈られる
- 5月15日
- 北京近郊で義和団が蜂起し、キリスト教徒72名を殺害する
- 5月19日
- 軍部大臣現役武官制が確立される(陸海軍大臣を現役の大将・中将に限定)
- 5月24日
- 12歳以上の男女の混浴を禁止する通達が出される
- 5月26日
- 軍艦「千早」が横須賀で進水する(軍艦の国内建造が本格化)
- 5月28日
- 義和団への対応を協議した各国公使が出兵を決定する
- 5月30日
- 義和団事件対応のため巡洋艦「笠置」が派遣される
- 5月31日
- 義和団に備え、各国軍が北京へ進駐する
- 6月2日
- 行政執行法が公布される
- 6月5日
- 内務省が清涼飲料水営業取締規則を公布する(ラムネ・ソーダ水などが対象)
- 6月6日
- 義和団と各国連合軍が天津郊外で交戦する
- 6月11日
- 北京で日本公使館員の杉山彬書記官が義和団に殺害される
- 6月14日
- ハワイがアメリカに併合される
- 6月15日
- 日本政府が義和団鎮圧のため陸軍派遣を決定する
- 6月17日
- 北清事変で連合艦隊が大沽砲台を占領する
- 6月20日
- 義和団が北京の各国公使館を包囲する
- 6月20日
- 各国連合軍が天津を砲撃する
- 6月21日
- 清国政府が列強8か国に宣戦布告する
- 6月22日
- 福島安正少将率いる混成旅団が北清事変支援のため宇品を出発する
- 6月30日
- 各国連合軍が天津総攻撃を開始する
- 7月1日
- 台湾初の電話が台北・台南間で開通する
- 7月2日
- ツェッペリン飛行船の試験飛行が行われる
- 7月11日
- 北清事変で天津の激戦が続く
- 7月13日
- 日英仏などの連合軍が天津総攻撃を実施する
- 7月14日
- 連合軍が天津城を占領する
- 7月26日
- 津田梅子が女子英学塾を創立する
- 7月26日
- 孫文が日本へ亡命する
- 8月1日
- 救世軍の矢吹幸太郎が人身売買反対運動を開始する
- 8月5日
- 各国連合軍が北倉付近で清軍を破る
- 8月7日
- 幸徳秋水が『萬朝報』で非戦論を展開する
- 8月12日
- 日本軍が通州を占領する
- 8月14日
- 日本軍を主力とする連合軍が北京攻撃を開始する
- 8月15日
- 連合軍が北京を占領し、公使館包囲を解く
- 8月17日
- 樺太豊原町に樺太神社が創建される
- 8月17日
- 東京府で大規模な水害が発生する(浸水家屋約19万戸)
- 8月24日
- 厦門の本願寺布教所が暴徒に焼き討ちされる
- 8月30日
- 幸徳秋水が『萬朝報』に「自由党を祭る文」を発表する
- 9月11日
- 上野駅・新橋駅に初の公衆電話が設置される
- 9月13日
- 台北に台湾神社が創建される
- 9月14日
- 女子英学塾(現在の津田塾大学)が開校する
- 9月15日
- 立憲政友会結成(総裁は伊藤博文)
- 9月15日
- 第六高等学校(現在の岡山大学の前身)が開校する
- 9月23日
- 第2インターナショナル第5回大会がパリで開催される
- 9月26日
- 第二次山県有朋内閣が総辞職する
- 9月28日
- 古河市兵衛が断髪する
- 9月29日
- 連合軍が山海関砲台を占領する
- 10月1日
- 官営鉄道に初めて寝台車が連結される
- 10月2日
- 娼妓の自由廃業制度が施行される
- 10月11日
- シャム国王が皇太子嘉仁親王に最高勲章を贈る
- 10月15日
- 三井呉服店が新装開店する
- 10月19日
- 第四次伊藤博文内閣成立
- 10月26日
- 北京で北清事変の講和会議が始まる
- 11月8日
- 戦艦「三笠」の進水式がイギリスで行われる
- 11月10日
- 東京帝国大学運動会でメートル法が採用される
- 11月11日
- ロシアが清国と露清協定を結び、満州の権益を確保する
- 11月12日
- 京仁鉄道(漢城〜仁川間)が開業する
- 11月12日
- 観菊御宴が開かれる
- 11月14日
- 静岡の旧徳川邸を葵ホテルに改築する計画が発表される
- 12月1日
- 東海道線に初めて暖房車が導入される
- 12月14日
- ドイツの物理学者マックス・プランクが量子論の基礎となる新理論を発表する
- 12月15日
- 年賀郵便特別取扱が恒例制度として実施される
- 12月23日
- 桂太郎陸軍大臣が辞任し、後任に児玉源太郎が任命される
この年に始まったこと
1900年(明治33年)は、政党政治が新たな段階へ進むとともに、日本が国際問題へ本格的に関与し始めた年です。国内では立憲政友会が誕生し、対外的には義和団事件への対応が始まりました。
- 立憲政友会が結成された
伊藤博文を中心に立憲政友会が結成され、日本最大の政党として活動を開始しました。 - 立憲政友会による政党政治が始まった
政党を基盤とする政治運営が本格化し、後の政党内閣時代への基盤が築かれました。 - 治安警察法が施行された
政治運動や労働運動を規制する治安警察法が制定され、新たな社会統制体制が始まりました。 - 義和団事件への出兵が始まった
日本は列強各国とともに清国へ出兵し、国際問題への本格的な軍事関与が始まりました。 - 列強協調外交の時代が始まった
義和団事件を通じて、日本は欧米列強と協力して国際問題へ対応する立場を強めました。
1900年は、「立憲政友会と国際協調外交が始まった年」でした。
この年は何が変わったのか
1900年(明治33年)は、日本が国際問題へ本格的に関与し始めた年でした。義和団事件への出兵によって列強の一員として行動するようになり、国内では立憲政友会結成によって政党政治も大きく前進していきます。
義和団事件によって日本が列強外交へ参加した
中国で発生した義和団事件に対し、日本は列強諸国とともに出兵しました。日本軍は大規模派兵を行い、国際社会における軍事的存在感を高めていきます。
北清事変によって日本軍の国際的評価が高まった
義和団事件への対応では、日本軍の行動力や規律が各国から注目されました。これによって日本は「東アジアの新興軍事国家」として国際的認識を強めていきます。
立憲政友会によって政党政治が本格化した
1900年、伊藤博文は立憲政友会を結成しました。政府と政党を結びつける巨大政党の誕生によって、日本の政党政治は新しい段階へ入っていきます。
治安警察法によって社会運動への統制が強化された
明治政府は治安警察法を制定し、労働運動や政治活動への取り締まりを強化しました。近代化が進む一方で、国家による社会統制も強まっていきます。
軍備拡張によってロシアへの警戒が強まった
ロシアは満州や朝鮮半島への影響力を拡大しており、日本国内では強い危機感が広がっていました。陸海軍拡張もさらに進められ、日露対立は徐々に深まっていきます。
列強国家としての日本が本格始動した
外交・軍事・政党政治など多方面で近代国家化が進み、日本は列強国家として国際社会へ本格的に参加し始めました。1900年は、日本が国内改革中心の時代から「国際国家」へ転換し始めた重要な一年でした。
この年の重要人物
1900年(明治33年)は、立憲政友会が結成され、日本の政党政治が新たな段階へ進んだ年です。また、中国では義和団事件が発生し、日本も列強の一員として出兵しました。国内政治と国際情勢の両面で大きな変化が見られたこの年を理解するうえで重要な人物を整理します。
- 伊藤博文
立憲政友会を結成しました。日本の政党政治発展に大きな影響を与えた中心人物です。 - 山縣有朋
政党勢力の拡大に慎重な立場を取りながら、政界に強い影響力を持ち続けました。 - 柴五郎
義和団事件では北京公使館防衛隊を率いて活躍しました。日本軍の国際的評価向上に大きく貢献しました。 - 嘉納治五郎
教育者として活躍し、日本の近代教育とスポーツ振興を推進しました。後に日本初のIOC委員となる人物です。
この年を彩った人物
- 夏目漱石
文部省留学生としてイギリスへ渡りました。後の文学活動に大きな影響を与える経験となりました。 - 新渡戸稲造
英文著作『武士道』を刊行しました。日本の精神文化を海外へ紹介した代表的な知識人です。
総理大臣
山県有朋(明治31年11月8日~明治33年10月19日)
伊藤博文(明治33年10月19日~明治34年5月10日)
生活の話題
衣
- 人造藍の輸入増加し、天然藍衰退するが、インド産藍の輸入は最高数量に達する
食
- 全国屠牛場数1,396所・屠牛数233,385頭
- 醤油をビール瓶に詰めて野田土産として旅行者に売って好評、瓶詰の因となる
住
- 共同家屋建築会設立するが成功せず
文学
- 徳富蘆花著『不如帰』発行(2月)
- 吉田東伍著『大日本地名辞書』刊行(3月)
その他
- 小田原電気鉄道開通
- 汚物掃除法制定
- 豊州電気鉄道開通
- 東京・神戸間に初めて寝台車を設け列車ボーイをおく
- 私製ハガキ発行
- 東京に自転車流行し、女子嗜輪会発会
- 日本鉄工共益社設立
- 目白日本女子大学創立
- 津田英学塾創立
地方の話題
北海道
- 北海道拓殖銀行の創立総会を開く
東北
- 硫黄山が大噴火(福島)
関東
- 鎌倉町長が鶴岡八幡宮の段葛の石を取除き問題となる(神奈川)
中部
- 木曽・長良・揖斐3川分流の大工事が完成する(愛知・三重)
中国
- 北清事変に際し、広島第五師団に動員令がくだる
- 農商務省が広島県の松永に塩業試験場を開く
四国
- 鳴門要塞の砲台が完成
九州
- 滝廉太郎が郷里の竹田で「荒城の月」を作曲する
- 熊本第九銀行が支払いを停止し、九州一円に金融恐慌がおこる
1900年のポイントまとめ
- 立憲政友会が結成された
伊藤博文を中心に立憲政友会が結成され、日本の政党政治は新たな段階へ進み始めました。 - 日本の政党政治が本格化した
政府と政党の協力関係が進み、議会政治は徐々に安定した運営へ向かっていきました。 - 義和団事件が発生した
中国で義和団事件が起こり、日本は列強の一員として出兵し、国際問題への関与を強めました。 - 軍事・外交面で列強国家としての存在感が高まった
東アジア情勢への積極関与によって、日本は国際社会で影響力を拡大していきました。 - 日本が本格的な列強国家へ成長した年であった
1900年は、政党政治の発展と対外進出拡大によって、日本近代国家がさらに成熟した重要な年でした。
1900年は、立憲政友会結成によって日本の政党政治が大きく発展した年でした。 また、義和団事件への出兵を通じて、日本は列強の一員として国際社会で存在感を強めていきます。 国内政治と対外政策の両面で、日本が近代列強国家として成長を続けた重要な一年となりました。
1900年のよくある質問 Q&A
Q. 1900年とはどんな年ですか?
1900年は、義和団事件への出兵と政党政治の進展により、 日本が国際的な存在感を強めた年です。
Q. 義和団事件とは何ですか?
清で起こった反外国運動で、 列強各国が共同で鎮圧にあたりました。
Q. 日本はどのように関わりましたか?
日本は大規模な軍を派遣し、 列強の中でも重要な役割を果たしました。
Q. 立憲政友会とは何ですか?
伊藤博文が中心となって結成した政党で、 日本の政党政治を大きく前進させました。
Q. なぜ1900年は重要なのですか?
日本が軍事と政治の両面で力を持ち、 列強としての地位を確立し始めたためです。
Q. 1900年の出来事はその後どうつながりますか?
ロシアとの対立が深まり、
1904年の日露戦争へとつながります。
→ 1904年(開戦)へ
Q. 他に重要な流れはありますか?
日本は国際政治に積極的に関与し、 列強の一員としての地位を固めていきました。
Q. 1900年の重要人物は誰ですか?
伊藤博文、山県有朋などが重要人物です。
Q. 1900年は日本にとってどんな意味がありますか?
1900年は、日本が国際社会で軍事的・政治的に 影響力を持つ国家となった年です。
政党政治と列強化は、日本をどこへ導いていくのか?
国内政治の発展と軍事力強化を背景に、日本はロシアとの対立を深め、日露戦争へと進んでいきます。
明治後期の大きな流れをあわせて理解できます。
