1885年(明治18年)の出来事

内閣制度創設と伊藤博文

今から141年前の出来事

この年の位置づけ

内閣制度の開始

内閣制度が発足し、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任しました。近代的な政府制度が整えられていきます。

1885年(明治18年)は、日本の政治体制が大きく転換し、近代国家としての仕組みが整い始めた年です。

この年、太政官制に代わって内閣制度が創設され、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任しました。これにより、日本は本格的に近代的な政府体制へと移行していきます。

つまり1885年は、「内閣制度が始まり、近代国家としての政治体制が確立へ向かった年」といえます。

まず全体を把握

なぜ日本は内閣制度を導入したのか?

内閣制度の創設により、日本は近代国家としての行政体制を本格的に整えていきます。
明治維新からこの年に至るまでの政治改革の流れを時系列で確認できます。

明治時代の流れを一気に理解する →
1885年のポイントQ&A

Q. 1885年は何が起きた?
A. 内閣制度が創設され、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任しました。

Q. なぜ重要なのか?
A. 近代的な政府の仕組みが整い、政治運営が大きく変わったためです。

Q. この後どうなる?
A. 憲法制定が進み、1889年に公布されます。
1889年(大日本帝国憲法)を見る

1885年の重要出来事

  • 内閣制度が創設され、伊藤博文が初代内閣総理大臣となった
  • 太政官制度が廃止され、近代的政府制度へ移行した
  • 条約改正交渉と欧化政策が引き続き進められた
  • 自由民権運動への統制が続き、政府主導体制が強化された
  • 憲法制定と立憲国家建設へ向けた準備が進展した

出来事・事物起源・話題

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1月1日
往復はがきが初めて発行される
1月7日
特命全権大使井上馨が韓国全権大臣金宏集と会談し、日本側の要求5項目について合意する
1月17日
羅馬字会が創立され、第1回例会を開催する
1月25日
千葉医学校が開校する(現在の千葉大学)
1月25日
大山巌が欧州兵制視察を終えて帰国する
1月27日
第1回ハワイ移民が出発する(927人)
2月7日
実業家の岩崎弥太郎が死去する
2月24日
伊藤博文が特派全権大使として清国へ派遣される(西郷従道・井上馨が同行)
3月1日
赤羽・品川間の鉄道が開通する(官営・私営鉄道の接続開始)
3月9日
電話機と電灯が初めて輸入される(エジソンが電話機と白熱電灯26個を工部大学校へ寄贈)
3月17日
全権大使伊藤博文と西郷従道が天津で李鴻章と会見し、天津条約締結交渉を行う
3月18日
プロイセン参謀少佐メッケルが陸軍大学校の雇教師となる
4月3日
伊藤博文・西郷従道らが天津で李鴻章との本格交渉を開始する
4月6日
各府県に小作慣行の調査を命じる
4月18日
朝鮮問題に関し、伊藤博文と李鴻章が天津条約を締結する
5月8日
九州改進党が解党する
5月9日
日本銀行が初めて兌換銀行券を発行する
5月15日
イギリス海軍が朝鮮の巨文島を占領する
5月18日
監軍部条例および鎮台条例を改正する
5月20日
各鎮台の歩兵連隊を旅団編成へ改める
5月30日
大蔵省に初めて預金局を設置する(国家資金の運用を目的とする)
5月31日
富山市で大火が発生する(市街地の大半が焼失)
6月2日
京都で琵琶湖疏水の起工式が行われる
7月1日
特許法が施行される(第1号特許は堀田瑞松の錆止め塗料)
7月2日
関西地方で豪雨による大洪水が発生する(大阪市内では多くの橋が流失し、死傷者多数)
7月17日
海底電信万国条約に加盟する
7月26日
明治天皇が山陽巡幸に出発される
9月17日
日本郵船が創立される
9月24日
違警罪即決例が制定される
10月1日
東京瓦斯と日本郵船が創立される
10月16日
上野駅が開業する
11月13日
華族女学校の開校式が行われる(皇后臨席)
11月14日
日本初の鉱業組合となる筑豊石炭坑業組合が設立される
11月18日
明治天皇が日比谷操練場を御閲兵される
11月23日
大阪事件が発覚する(自由党員の大井憲太郎らが朝鮮独立運動への関与を計画していたとして逮捕される)
11月24日
東京でキリスト教信徒大会が開催される
12月12日
大阪・堺間の鉄道が開通する
12月22日
太政大臣・左右大臣・参議の制度を廃止し、内閣制度を創設する
12月22日
第一次伊藤内閣が成立し、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任する
12月22日
宮中に内大臣職を設置し、三条実美を任命する
12月23日
初代法制局長官に山尾庸三を任命する
12月28日
内閣に統計局を設置する
12月29日
大阪・堺間の鉄道が営業運転を開始する

この年に始まったこと

1885年(明治18年)は、日本の政治制度が大きく転換した年です。太政官制に代わって内閣制度が導入され、近代国家としての行政体制が本格的に始まりました。

  • 内閣制度が始まった
    太政官制が廃止され、日本初の内閣制度が発足しました。これにより近代的な政府組織への転換が実現しました。
  • 初代内閣が発足した
    伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任し、日本初の内閣がスタートしました。
  • 内閣総理大臣制度が始まった
    国家運営の最高責任者として内閣総理大臣が置かれ、現在まで続く政治制度の基礎が築かれました。
  • 近代的な中央行政制度が始まった
    各省を中心とする行政機構が整備され、近代国家にふさわしい統治体制が本格的に始まりました。
  • 天津条約体制が始まった
    日本と清国の間で天津条約が締結され、朝鮮をめぐる両国の関係に新たな外交ルールが設けられました。

1885年は、「内閣制度が始まった年」でした。

この年は何が変わったのか

1885年(明治18年)は、日本の政治制度が大きく近代化した年でした。内閣制度が創設され、伊藤博文が初代内閣総理大臣へ就任したことで、日本は本格的に近代国家としての政治体制を整え始めます。

内閣制度によって近代政府体制が始まった

1885年、明治政府は従来の太政官制を廃止し、新たに内閣制度を導入しました。これによって近代国家としての行政制度が整備され、日本政治は大きな転換点を迎えます。

伊藤博文が初代内閣総理大臣へ就任した

内閣制度創設に伴い、伊藤博文が日本初の内閣総理大臣へ就任しました。伊藤は憲法制定や近代国家制度整備を進める中心人物となっていきます。

天津条約によって日清対立が一時調整された

朝鮮問題をめぐって対立していた日本と清は、天津条約を締結しました。両国は朝鮮からの撤兵で合意しましたが、朝鮮をめぐる対立そのものは続いていきます。

電信・鉄道整備によって近代インフラが発展した

殖産興業政策のもと、鉄道や電信網の整備がさらに進みました。日本国内の交通・通信環境は急速に近代化し、国家統治や経済発展を支える基盤となっていきます。

文明開化が社会へ定着していった

西洋文化や近代制度は都市部を中心に広がり続け、人々の生活様式も変化していきました。洋装・西洋建築・新聞文化などが徐々に社会へ定着していきます。

立憲国家建設が最終段階へ入り始めた

内閣制度創設によって、日本は憲法制定と議会開設へ向けた準備をさらに加速させました。1885年は、近代日本の政治制度が本格的に形を整え始めた重要な一年でした。

この年の重要人物

1885年(明治18年)は、太政官制度が廃止され、日本初の内閣制度が発足した年です。近代国家としての統治機構が整備され、明治政府は新たな段階へ進みました。日本の政治制度が大きく変わったこの年を理解するうえで重要な人物を整理します。

  • 伊藤博文
    日本初の内閣総理大臣に就任しました。内閣制度創設の中心人物であり、近代国家日本の政治制度づくりを主導しました。
  • 井上馨
    初代外務大臣として入閣し、条約改正交渉や欧化政策を進めました。明治政府の中枢を担った人物です。
  • 山縣有朋
    初代内務大臣として入閣しました。地方行政や警察制度の整備を進め、後の日本政治にも大きな影響を与えました。
  • 大隈重信
    立憲改進党の指導者として政府の立憲化を求め続けました。政党政治の発展を支えた代表的人物です。

この年を彩った人物

  • 坪内逍遥
    『小説神髄』を発表しました。日本近代文学の方向性を示した文学理論として大きな意味を持ちました。

総理大臣

伊藤博文(明治18年12月22日~明治21年4月30日)

生活の話題

  • 東京女子師範制服を洋服とする(10月)
  • 婦人束髪会発会し、束髪多くなり、リボンが流行し始める
  • 兵営にバリカン献納を出願するものあり
  • 東京神田にセルロイドで櫛の製造をなすものあり
  • 婦人用洋式日傘流行する
  • インド産天然藍の輸入盛んになる

  • 大日本節酒会設立
  • 三田育種場『再植馬鈴薯の記』を刊行
  • 大阪の屠牛数12,676頭に達し、同年の日本全屠牛中数の約80%を占める

  • 摺附木に黄燐使用を禁止
  • 東京瓦斯株式会社設立
  • 横浜市初めて鉄管使用の上水道を設ける

文学

  • 硯友社創立、『我楽多文庫』創刊(2月)
  • 坪内逍遥著『当世書生気質』分冊刊行(6月)
  • 『女学雑誌』創刊(7月)
  • 坪内逍遥著『小説神髄』第一冊刊(9月)
  • 東海散士著『佳人之奇遇』刊(10月)
  • 近藤瓶城編『史籍集覧』正編刊了

その他

  • 往復ハガキ発売(1月)
  • 山手線(品川-赤羽間)開通(2月)
  • 萩野ぎん、女医となる(3月)
  • 電信料金、全国均一制
  • 日本郵船会社設立
  • 阪堺鉄道開通
  • 丸善、万年筆を輸入、和製もできる
  • 国産の石盤できる
  • 除虫菊栽培はじまる
  • 東京感化院創立
  • 秋田の阿仁鉱山及び福岡県の八炭坑が開業する

1885年のポイントまとめ

  • 内閣制度が創設された
    明治政府は太政官制を廃止し、日本初の近代的な内閣制度を導入しました。
  • 伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任した
    伊藤博文は初代総理大臣となり、日本の立憲政治体制づくりを主導していきました。
  • 近代国家としての行政制度整備が進んだ
    各省庁制度や官僚制度が整えられ、日本は西洋型国家体制へ大きく近づいていきました。
  • 条約改正交渉が重要課題となった
    不平等条約改正を目指し、日本政府は欧米列強との外交交渉を積極的に進めました。
  • 近代国家日本の政治体制が大きく変化した年であった
    1885年は、内閣制度創設によって日本の近代政治システムが本格的に始動した歴史的転換点でした。

1885年は、内閣制度創設によって日本の政治体制が大きく変わった年でした。 伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任し、日本は本格的な近代国家体制づくりを進めていきます。 明治政府による制度改革はさらに加速し、立憲国家への道筋がより明確になった重要な一年でした。

1885年のよくある質問 Q&A

Q. 1885年とはどんな年ですか?

1885年は、内閣制度が創設され、 近代的な政府の中枢が整えられた年です。

Q. 内閣制度とは何ですか?

内閣制度は、内閣総理大臣と各大臣によって 政治を運営する仕組みです。 現代日本の政府制度の原型となりました。

Q. なぜ内閣制度が導入されたのですか?

近代国家として効率的な政治運営を行うため、 西洋の制度を参考に導入されました。

Q. それまでの政府と何が違うのですか?

太政官制から内閣制度へ移行し、 より近代的で統一された政治体制となりました。

Q. なぜ1885年は重要なのですか?

近代国家としての行政の仕組みが完成し、 憲法制定に向けた体制が整ったためです。

Q. 1885年の出来事はその後どうつながりますか?

憲法制定が進み、 1889年に大日本帝国憲法が公布されます。
1889年(国家体制の完成)を見る

Q. 他に重要な流れはありますか?

外交や軍事の整備も進み、 日本は近代国家としての形を整えていきました。

Q. 1885年の重要人物は誰ですか?

伊藤博文が初代内閣総理大臣として重要な役割を果たしました。

Q. 1885年は日本にとってどんな意味がありますか?

1885年は、近代国家としての政府の中枢が完成した年です。 現代の政治制度の基礎が築かれました。

次に読むなら

内閣制度の導入は、日本をどのように変えていったのか?

憲法制定や帝国議会開設へ向けて、日本は立憲国家としての仕組みをさらに整えていきます。
明治中期から後期への流れをあわせて理解できます。

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