1877年(明治10年)の出来事

西南戦争と士族反乱終焉

今から149年前の出来事

この年の位置づけ

西南戦争と明治政府の確立

西郷隆盛率いる西南戦争が発生し、士族反乱は終焉へ向かいました。明治政府による中央集権国家体制が確立されていきます。

1877年(明治10年)は、明治維新の最後の決着がついた年です。

この年、西郷隆盛を中心とする士族が明治政府に対して反乱を起こし、西南戦争が勃発しました。

この戦いは、日本最後にして最大の内戦となり、政府軍の勝利によって終結します。

その結果、武士の時代は完全に終わり、日本は本格的な近代国家へと進むことになります。

つまり1877年は、「武士の時代が終わり、近代国家が確立した年」といえます。

まず全体を把握

なぜ旧士族たちは明治政府に反発したのか?

西南戦争により、旧武士勢力と明治政府との対立は最終段階を迎えます。
明治維新からこの年に至るまでの改革と対立の流れを時系列で確認できます。

明治初期の流れを一気に理解する →
1877年のポイントQ&A

Q. 1877年は何が起きた?
A. 西郷隆盛が率いる士族が政府に反乱を起こす「西南戦争」が発生しました。

Q. なぜ重要なのか?
A. 士族による最後の大規模反乱が終わり、明治政府の支配が確立したためです。

Q. この後どうなる?
A. 内乱が終息し、政治は議会設立へと進みます。
1881年(国会開設の詔)を見る

1877年の重要出来事

西南役熊本籠城
  • 西南戦争が発生し、西郷隆盛率いる士族軍と政府軍が戦った
  • 西郷隆盛が戦死し、士族反乱時代が終焉へ向かった
  • 明治政府が近代軍隊の実力を全国へ示した
  • 近代国家体制と中央集権化がさらに強化された
  • 士族社会から近代国民国家への転換が決定的となった

この年に始まったこと

スポンサーリンク

1877年(明治10年)は、西南戦争が勃発し、明治政府と士族勢力との最後の大規模な戦いが始まった年です。また、近代国家建設を支える新たな教育機関も誕生しました。

  • 西南戦争が始まった
    西郷隆盛を中心とする士族軍と明治政府軍との戦いが始まりました。日本最後の内戦とも呼ばれています。
  • 士族反乱の最終局面が始まった
    佐賀の乱や神風連の乱などに続き、士族反乱は西南戦争によって最大規模の戦いへ発展しました。
  • 東京大学の前身となる東京開成学校と東京医学校が統合された
    日本初の近代的な大学設立へ向けた体制が整えられ、後の東京大学創設につながりました。
  • 近代国家を支える高等教育体制が始まった
    西洋の学問を体系的に学ぶための高等教育制度の整備が進みました。
  • 政府主導の近代軍制確立が始まった
    西南戦争を通じて徴兵制による国民軍の実力が示され、近代軍隊の確立へ向けた新たな段階が始まりました。

1877年は、「西南戦争と近代国家完成への道が始まった年」でした。

この年は何が変わったのか

1877年(明治10年)は、西南戦争によって士族反乱の時代が終わり、明治政府による近代国家体制が決定的になった年でした。西郷隆盛率いる旧士族勢力と政府軍の戦いは、日本社会に大きな転換をもたらします。

西南戦争によって最大の士族反乱が起こった

1877年、西郷隆盛を中心とする鹿児島士族が挙兵し、西南戦争が始まりました。これは明治政府に対する最大規模の士族反乱であり、日本全国を揺るがす内戦となります。

西郷隆盛が旧士族勢力の象徴となった

征韓論争後に政府を去っていた西郷隆盛は、不満を抱える士族たちから大きな支持を集めていました。西郷の挙兵は、「武士の時代」を守ろうとする最後の大きな戦いとも言われています。

熊本城攻防戦によって戦争が激化した

西郷軍は熊本城を包囲しましたが、政府軍は激しく抵抗しました。熊本城攻防戦は西南戦争最大の激戦の一つとなり、戦局を左右する重要な戦いとなります。

徴兵制軍隊が政府軍の主力となった

明治政府軍は徴兵令によって集められた近代軍隊を中心に戦いました。旧士族軍との戦いを通じて、日本の軍事体制は「武士の軍」から「国民軍」へ完全に転換していきます。

士族反乱の時代が終わりを迎えた

西南戦争で政府軍が勝利したことで、大規模な士族反乱は終息へ向かいました。これによって明治政府による中央集権国家体制は大きく安定していきます。

近代国家としての明治政府が確立され始めた

西南戦争を乗り越えたことで、明治政府は政治・軍事両面での支配力を強めました。1877年は、日本が本格的に近代国家として歩み始める重要な転換点となった一年でした。

この年の重要人物

1877年(明治10年)は、西南戦争が勃発し、明治政府と士族勢力の最後の戦いが繰り広げられた年です。西郷隆盛を中心とする西郷軍と政府軍が激突し、この戦争をもって士族反乱の時代は終わりを迎えました。近代国家への転換を象徴するこの年を理解するうえで重要な人物を整理します。

  • 西郷隆盛
    西郷軍を率いて西南戦争を戦いました。明治維新の功労者でありながら政府と対立し、士族勢力最後の抵抗の象徴となりました。
  • 大久保利通
    政府の中心人物として西南戦争への対応を指揮しました。戦後の国家建設を主導した明治政府最大の実力者です。
  • 山縣有朋
    政府軍の中核として作戦を指揮しました。徴兵制による近代軍隊の力を示し、日本陸軍の基礎を築いた人物です。
  • 桐野利秋
    西郷軍の主力指揮官として各地の戦闘を率いました。西郷隆盛を支えた薩摩士族の代表的人物です。
  • 川路利良
    警視庁大警視として警察部隊を率い、西南戦争では政府側の治安維持と戦闘に重要な役割を果たしました。近代警察制度の創設者としても知られます。

出来事・事物起源・話題

1月26日
歴史館設立(総裁は伊知地正治)
1月30日
鹿児島の私学校生、草牟田の火薬庫を襲う(西南戦争の火種となる)
2月3日
西郷隆盛、私学党を率いて遂に官軍対抗の意を決す
2月5日
京都・大阪・神戸間の鉄道開通式(京都駅落成、明治天皇迎えて開業式)
2月10日
西郷隆盛の私学党の乱に対し、近衛及び東京・大阪両鎮台に出動命令下る
2月15日
西郷隆盛が挙兵(西南戦争始まる)
2月15日
偕行社(陸軍将校組織)創立
2月18日
西南戦争で、西郷軍に備え熊本城外の民家を焼払う
2月19日
西南戦争に関する流言・噂話の新聞掲載を禁止
2月22日
「東京日日新聞」社長福地源一郎、軍団御用係の名目で西南戦争従軍のため出発
2月22日
西郷軍、熊本城を包囲
2月22日
乃木希典少佐、連隊旗を奪われる
2月23日
東京・名古屋・大阪三鎮台に令して第二後備軍を召集
2月25日
参軍山県有朋、陸軍少将三浦梧桜ら、博多に本営を設置
2月25日
西郷隆盛、桐野利秋、篠原国幹らの官位を剥奪して、その謀反を正式に布告する
2月26日
伍長谷村計介、高瀬の官軍への使者として、命を賭して熊本城を脱出する
2月27日
薩摩軍大挙して肥後の高瀬において官軍と戦う(熊本城兵利非ず)
2月28日
伍長谷村計介、薩軍に捕われるも脱出し、漸く高瀬の官軍に辿り着く(薩軍と疑われ、船隈に連行)
2月28日
熊本県阿蘇谷で農民3000人暴動
3月2日
谷村計介、船隈の営にて野津鎮雄少将に危急を報告し、密使の大役を果たす
3月3日
官軍、薩軍と田原坂で激戦
3月6日
四国と本州を通じる海底電信、讃岐・備前間に開通する
3月17日
西郷軍に加担した鹿児島県令大山綱良の官位を奪う
3月20日
政府軍、激戦の末、田原坂を占領
3月21日
岩村通俊を鹿児島県令に任命
3月31日
明治天皇、大阪の陸軍病院に西南の役の傷病兵を親問
4月8日
熊本城の包囲網破れ、奥少佐一大隊を率いて賊兵を追撃宇土に達す
4月12日
東京大学開校(東京開成学校と医学校が併合、東京帝国大学の前身)
4月14日
黒田清隆率いる政府軍、熊本城に入る
4月14日
小石川植物園を東京大学に附す
4月22日
参軍山県有朋、各旅団長を木山に招き謀議を凝らす
4月22日
西郷隆盛、人吉に退く
4月23日
山県有朋、西郷隆盛に書面を送り、その立場に同情し投降自決を勧告する
4月24日
ロシア、トルコに宣戦布告、ルーマニアに侵入(露土戦争)
4月27日
参軍川村純義ら、海路鹿児島に至り、兵を各地に配置(西南戦争)
5月1日
博愛社(赤十字社の前身)創立
5月18日
西南戦争による九州の人心鎮定のため、東京より巡査700名を派遣する
5月23日
軍用に使用する軽気球が、東京築地の海軍省練兵所で揚げられる
5月26日
木戸孝允死去
5月27日
矢筈嶽の激闘(西南戦争)
5月31日
薩摩軍敗れて、悉く肥後人吉に退く(西南戦争)
6月11日
官軍、薩摩に攻め入る(西南戦争)
6月17日
参軍山県有朋、八代に諸将を集めて、都城進撃の軍議
6月17日
熊本鎮台兵、三国峠を占拠
6月19日
万国郵便条約実施される
7月9日
外国渡船に国旗を掲げしむ
7月24日
官軍、都城を陥る(西南戦争)
7月30日
西郷隆盛、官軍に圧せられ、日向の高鍋に退く(同日杉之本に戦闘あり)
8月8日
高知県士族林有造、兵器購入の計画発覚して、東京で捕えられる
8月17日
薩摩軍の将佐々友房、官軍に降る
8月18日
官軍、日向を平定
8月21日
第一回内国勧業博覧会、東京上野で開催(日本最初の勧業博)
8月31日
西郷隆盛の軍、大隈に奮闘
9月1日
西郷隆盛、退いて鹿児島に入り、本営を城山に置く(土民これに応じ士気振う)
9月8日
官軍、鹿児島城山を包囲
9月10日
朝鮮京城に公使館を設ける(韓国公使に花房義質を任命)
9月16日
モース博士、大森貝塚を発見
9月19日
官軍、鹿児島城山の包囲陣成る
9月20日
官軍、鹿児島城山攻撃開始
9月23日
西郷隆盛、城山にて訣別の宴
9月24日
西郷隆盛、桐野利秋ら城山で自刃(西南戦争終結)
9月30日
前鹿児島県令大山綱良、漸に処せられる
10月1日
最初の鉄道正面衝突事故(夜間豪雨のため神戸を去る7哩の線)
10月4日
山田顕義、野津鎮雄、大山巌らの各武将、東京に凱旋
10月10日
征討総督熾仁親王、参軍川村純義、伊藤祐磨少将ら、東京に凱旋
10月17日
私立の華族学校開業式、天皇臨席し、「学習院」の称号を与える(学習院開校)
10月26日
車駕(天子)上野公園に幸し、内国勧業博覧会に臨まれる
11月20日
東京・大阪間鉄道貨物運輸開始
12月12日
最初の欧州回航船「清輝艦」(国産の軍艦)発航する
12月19日
東京大学、第一回卒業証書授与式
12月21日
東京工部省電信局より宮内省間に電話開通(実用電話最初の記録)
12月25日
刑法草案審査局を設ける(伊藤博文を総裁とする)
12月25日
地方長官に国産愛用を諭告
12月26日
西南戦争の凱旋巡査、東京に整列式
12月27日
新紙幣2700万円を発行し、西南戦争の戦債を補う

生活の話題

  • 京都白川にモスリン加工工場できる
  • 鎮台所在地の一般人にもシャツの使用はじまる
  • 山高帽子がナベボーシの名で地方でも着用
  • 西南役よりメリヤス製造者激増
  • 旧来のお白粉、人体に害ありと騒がれる
  • ジャカード織機の国産試作行われる

  • 大阪に卵を売る目的の養鶏始まる
  • 北海道開拓使、缶詰製造の伝習を始める
  • 山梨県営のブドウ酒醸造場が設けられる
  • 大坂の小西儀助、ウイスキーの製造を始める
  • 東京芝に桜田ビール創立
  • タマネギ、ハナハボタン移入さる
  • 東京で氷水が流行り出す
  • 大阪で人造氷作られる

  • 工作局器具染物製造所を設け、欧米風の家具及びラック、ワニス塗の業を始める

その他

  • 宮内省で初めて電話の実演を行う
  • 大阪でセルロイド製のサンゴ玉ができる

1877年のポイントまとめ

  • 西南戦争が発生した
    西郷隆盛を中心とする薩摩士族が挙兵し、日本最大の士族反乱である西南戦争が始まりました。
  • 明治政府軍が近代軍隊として力を示した
    徴兵制による政府軍は西南戦争を通じて戦力を発揮し、近代軍制の有効性を示しました。
  • 士族時代の終焉が決定的となった
    士族反乱最大規模の西南戦争敗北によって、武士中心社会は完全に終わりを迎えていきました。
  • 西郷隆盛が最期を迎えた
    城山の戦いで西郷隆盛は自刃し、幕末維新を支えた英雄の時代は大きな節目を迎えました。
  • 明治国家体制が確立へ向かった年であった
    1877年は、政府が国内反乱を制圧し、中央集権国家としての支配体制を確立した重要な年でした。

1877年は、西南戦争によって士族時代が終焉へ向かった年でした。西郷隆盛率いる薩摩軍は敗北し、明治政府は近代国家としての統治力を示します。 幕末維新を支えた旧武士勢力の時代は終わり、日本は本格的な近代国家へ進んでいくことになりました。

1877年のよくある質問 Q&A

Q. 1877年とはどんな年ですか?

1877年は、西郷隆盛を中心とする士族が政府に反乱を起こした 西南戦争が起きた年です。

Q. 西南戦争とは何ですか?

西南戦争は、鹿児島を拠点とする士族が明治政府に対して起こした反乱です。 日本最後の内戦ともいわれます。

Q. なぜ戦争が起きたのですか?

廃刀令や秩禄処分により士族の特権が失われ、 政府への不満が高まったためです。

Q. 戦いの結果はどうなりましたか?

政府軍が勝利し、西郷隆盛は敗れて自刃しました。 士族による反乱はこれで終わりました。

Q. なぜ1877年は重要なのですか?

旧時代の勢力が完全に敗れ、 近代国家としての体制が確立したためです。

Q. 1877年の出来事はその後どうつながりますか?

国内の安定が進み、 議会政治の整備へと向かいます。
1881年(国会開設)を見る

Q. 他に重要な影響はありますか?

政府は軍事力の重要性を再認識し、 近代軍隊の整備がさらに進みました。

Q. 1877年の重要人物は誰ですか?

西郷隆盛、大久保利通、山県有朋などが重要人物です。

Q. 1877年は日本にとってどんな意味がありますか?

1877年は、内戦が終わり、 近代国家としての体制が確立した決定的な年です。

次に読むなら

士族反乱の終結は、日本をどのように変えていったのか?

西南戦争の後、明治政府による中央集権体制はさらに強化されていきます。
日本が近代国家へと進むその後の流れをあわせて理解できます。

明治の発展の流れを確認する →

時代の流れをもう少し広く見る

明治時代年表から、この年の前後をたどる

明治維新から日清・日露戦争、近代国家の形成までを時系列で整理しています。

スポンサーリンク