1871年(明治4年)は、日本がそれまでの仕組みを根本から作り替え、近代国家へと大きく踏み出した決定的な年です。
この年、廃藩置県が断行され、藩による支配は完全に廃止されて、中央政府が全国を直接治める体制へと移行しました。
さらに、岩倉使節団が欧米へ派遣され、日本は西洋の制度や技術を学び、国づくりを本格的に進めていきます。
つまり1871年は、「旧来の藩体制を解体し、中央集権国家と近代化への道を一気に切り開いた年」といえます。
なぜ日本は藩を廃し、中央集権国家へと踏み切ったのか?
廃藩置県により、各藩は廃止され中央政府による統治が確立されます。
明治維新からこの年に至るまでの改革の流れを時系列で確認できます。
Q. 1871年は何が起きた?
A. 廃藩置県が行われ、日本は中央集権国家へと移行しました。
Q. なぜ重要なのか?
A. 江戸時代の藩制度が廃止され、国家の仕組みが大きく変わったためです。
Q. この後どうなる?
A. 徴兵制や教育制度などの近代改革が進みます。
→ 1873年(徴兵令)を見る
目次
1871年の重要出来事

- 廃藩置県が実施され、中央集権国家体制が確立された
- 岩倉使節団が欧米へ派遣され、近代制度視察が始まった
- 新貨条例が制定され、円・銭・厘の通貨制度が導入された
- 戸籍法が制定され、全国的な戸籍整備が進められた
- 明治政府による近代化改革が全国規模で進展した
この年に始まったこと
1871年(明治4年)は、明治政府が中央集権国家の実現へ向けて大改革を断行した年です。廃藩置県をはじめ、近代日本の基礎となる制度や組織が次々とスタートしました。
- 廃藩置県が始まった
全国の藩が廃止されて府県に再編されました。日本は藩による統治から中央政府による統一国家へと大きく転換しました。 - 郵便制度が始まった
前島密の主導により、日本初の近代郵便制度がスタートしました。東京・京都・大阪間で郵便業務が開始されました。 - 工部省が設置された
鉄道・鉱山・造船・電信などを担当する工部省が設置され、日本の近代産業育成が本格的に始まりました。 - 岩倉使節団が出発した
岩倉具視を特命全権大使とする使節団が欧米へ派遣されました。近代国家建設のための海外視察と条約改正交渉が始まりました。 - 新貨条例による円・銭・厘制度が始まった
新貨条例が制定され、「円」を基本単位とする近代的な通貨制度がスタートしました。
1871年は、「中央集権国家と近代制度が始まった年」でした。
この年は何が変わったのか
1871年(明治4年)は、明治政府が中央集権国家への改革を一気に進めた年でした。廃藩置県によって藩の時代は終わり、日本は近代国家として新しい統治体制へ大きく変化していきます。
廃藩置県によって藩の時代が終わった
1871年、明治政府は廃藩置県を断行しました。全国の藩は廃止され、中央政府が任命する府知事・県令による統治へ移行したことで、日本は本格的な中央集権国家へ変わっていきます。
中央集権国家への改革が一気に進んだ
廃藩置県によって、各地の軍事・財政・行政権限は中央政府へ集められました。これにより、明治政府は全国統一的な政治運営を行える体制を整えていきます。
岩倉使節団によって西洋視察が始まった
岩倉具視を中心とする岩倉使節団が欧米へ派遣されました。使節団は条約改正交渉だけでなく、西洋の政治・産業・教育制度を視察し、日本近代化の重要な参考としていきます。
戸籍制度によって国民管理が進められた
明治政府は戸籍法を制定し、全国民を把握するための近代的戸籍制度を整え始めました。これにより、徴兵・徴税・教育など近代国家運営の基盤づくりが進んでいきます。
新貨条例によって近代通貨制度が整備された
1871年には新貨条例が制定され、「円・銭・厘」を単位とする近代通貨制度が導入されました。経済制度の近代化も進み、日本は西洋型経済国家への転換を進めていきます。
身分制度改革がさらに進んだ
明治政府は華族・士族・平民という新たな身分区分を定め、旧来の封建的身分制度を整理していきました。武士中心社会から、近代国民国家への変化が本格化していきます。
この年の重要人物
1871年(明治4年)は、廃藩置県によって藩制度が廃止され、日本が中央集権国家へ大きく踏み出した年です。また、岩倉使節団が欧米へ出発し、近代国家建設に向けた調査が始まりました。明治政府の改革が本格化したこの年を理解するうえで重要な人物を整理します。
- 大久保利通
廃藩置県の実現を主導した明治政府の中心人物です。中央集権国家の確立に向けて大きな役割を果たしました。 - 木戸孝允
維新政府の指導者として廃藩置県を推進しました。藩による統治から国家による統治への転換に尽力しました。 - 岩倉具視
岩倉使節団の特命全権大使として欧米へ出発しました。近代国家建設のための調査を担った重要人物です。 - 伊藤博文
岩倉使節団の一員として欧米へ渡りました。後の憲法制定や国家制度整備につながる経験を積みました。
出来事・事物起源・話題
- 1月9日
- 横井小楠、大村益次郎に続いて広沢真臣も暗殺される
- 1月16日
- 西郷隆盛、木戸孝允、大久保利通、治政改革のため土佐の山内容堂訪問
- 1月18日
- ドイツ新帝国誕生(初代帝位にヴィルヘルム一世)
- 1月24日
- 東京・京都・大阪間に郵便開設のため同規則を領布し3月1日より実施
- 1月28日
- 普仏戦争でパリ陥落し、フランス側より和を乞い休戦条約締結(これより日本はドイツに注目する)
- 2月2日
- 西郷隆盛、山内容堂、板垣退助、山県有朋ら上京(明治維新政府の大変革が本格化)
- 2月8日
- 東京の火事に初めて消防ポンプを使用
- 2月13日
- 帝都に親兵設置
- 2月17日
- 初めて一般より水兵を募る
- 2月22日
- 鹿児島藩歩兵四大隊、砲兵四隊、山口藩歩兵三大隊、高知藩歩兵二大隊、騎兵二小隊、砲兵二隊を御親兵として招徴し、兵部省の隷下に置く
- 3月1日
- 郵便切手発行(郵便ポストもこの時始まる)
- 3月5日
- 江藤新平、対外策を岩倉具視へ呈す
- 3月11日
- 神武天皇祭の始(後に4月3日に改める)
- 4月4日
- 戸籍法を定める
- 4月4日
- 旧藩札発行の禁令
- 4月7日
- 専売特許条例制定
- 4月12日
- 皇城(皇居)に電信開設
- 4月18日
- 平民の乗馬を許す
- 4月20日
- 郵便制度の実施
- 4月21日
- 西郷隆盛、島津忠義に従い、常備兵四大隊を率いて京都に入る
- 4月21日
- 東京・長崎間の郵便開設
- 4月23日
- 初めて鎮台を設置(東山道本営を陸前石巻、西海道本営を豊前小倉に設ける)
- 4月24日
- 戸口調査のため民家各戸に番号を記入せしむ
- 4月30日
- 売笑婦の性病予防法設立
- 5月1日
- 大井川の輦台渡、廃止となる
- 5月9日
- 車馬道、人道の制、初めて東京市街主要大通りに開く
- 5月10日
- 新貨条例定め一円を単位とする
- 5月13日
- 参議副島種臣、樺太の境界問題解決のためロシアへ派遣を命ぜられる
- 5月14日
- 種痘種を各府県に頒ち種痘奨励
- 5月28日
- 洋服屋開店広告初めて現われる(横浜五十二番街及び東京茅場町に各一軒洋服屋開店)
- 6月18日
- 陸奥の尻屋岬燈台竣工する
- 6月25日
- 西郷隆盛、木戸孝允、参議となる
- 7月14日
- 天皇、在京56藩知事を集め、廃藩置県の詔書を出す(3府302県とする)
- 7月18日
- 文部省を創設(初代文部大輔に江藤新平を任命)
- 7月20日
- 大蔵省内に紙幣局を設置
- 7月29日
- 太政官官制改定、新たに正院、左院、右院を置く
- 7月29日
- 清国との修好条規を天津で調印(日清通商条約)
- 8月4日
- 最初の侍従長に徳大寺宗則任命
- 8月5日
- 太政大臣三条実美、鉄道一部竣工につき、横浜に於て汽車に試乗する
- 8月9日
- 旧風を改め、散髪・廃刀の自由を許す
- 8月18日
- 明治天皇、馬車を召され浜殿へ行幸(馬車にて行幸の始め)
- 8月18日
- 東京、大阪に鎮台を設ける
- 8月21日
- 伊豆の石室埼燈台竣工す
- 8月22日
- 坂本龍馬、中岡慎太郎両家共、その姪に故人の家督相続を許される
- 8月23日
- 華族・士族・平民相互の結婚を認める
- 8月28日
- 穢多・非人の称を廃止
- 9月2日
- 官吏の給与を月給制とする
- 9月5日
- 東京の元聖堂大成殿に文部省直轄の博物館を開設し、物産所所蔵の物品を移す
- 9月7日
- 田畑勝手作を許可
- 9月9日
- 江戸城より初の午砲、正午を知らせる
- 9月22日
- 明治天皇、日比谷操練所にて陸軍整列御閲兵(最初の天長節観兵式)
- 10月1日
- 東京湯島の大成殿にて、最初の博覧会開かれる
- 10月3日
- 宗門人別帳を廃止
- 10月8日
- 岩倉具視を右大臣に任じ、特命全権大使として欧米各国派遣を命じられる
- 10月18日
- 伊予国佐田岬に燈台竣工す
- 10月20日
- 伊万里の深川長右衛門、同地より佐賀まで私設電話架設を出願許可される
- 10月23日
- 邏卒(巡査)3,000人を東京に置く
- 11月4日
- 最初の停車場新橋駅落成(横浜停車場と同型、米国建築技師ブリジンスの設計、煉瓦造二層の洋館)
- 11月14日
- 九州の28県を11県と改める
- 11月12日
- 岩倉具視ら欧米使節団、出航
- 11月22日
- 全国を3府72県と改める
- 12月17日
- 官吏、靴履のまま上庁を許される
- 12月18日
- 華士族も農工商業を営むを許される
- 12月26日
- 東京裁判所設置(裁判の始まり)
- 12月27日
- ドイツにて印刷の新紙幣発行される
- 12月28日
- イタリア人アントニオ・メンチェィ、電話機を発明し特許をとる(グラハム・ベルの発明より5年前のこと)
生活の話題
衣
- 米国人ヘボン、横浜居留地で女学校を開き、編物刺繍を教える
- 散髪・脱刀勝手令発布、その前後シャッボ買占め行われる
- 平民羽織袴の着用許可
- 婦人で散髪するものあり
- 紀州の瀬戸重助、綿布に起毛考案、翌年製造開始
- 東京府、屋外の裸体裸足を禁止
- 北海道開拓使、東京出張所で洋裁の伝習生を募集
- 邏卒服、郵便服の制服を定める
- 和歌山の弾直樹、製靴伝習所を開始、毎月1万足以上の生産をなす
- 西村勝三、製靴工場内にメリヤス機会を輸入、手袋の製造を始める
食
- 京都府・福井・千葉県で搾乳目的の牧牛を始める
- 乳児用ゴム吸口のあるガラス壜「乳母イラズ」と称した
- 牡牛のみ屠殺せよとの布告出る
- 東京市中パンを売る店多くなる
- 各地で天然氷をつくる、箱館氷が最も有名
- 東京にリキュール酒をつくるものあり
住
- 大阪造幣局、洋風建築成
- 官庁椅子の使用始める
- 官員住宅に関する規則施行
- 石坂周造、長野石炭油会社創設
- 横浜ガス局設置
- 国産セメント製造に成功
その他
- 三都に郵便受取所、書状集め箱を設けることとする
- 浅草の火事に洋式ポンプ威力を示す
- 秋葉大助、大阪に人力車製造の支店をおく
- 大阪荷車の橋上通過の自由を認める
- 戸籍の規則布告
- 平民の乗馬許可
- 新貨条例発布
- 岩手の農民、父の仇を討つ
- 東京・大阪交通製に関する布告をなす
- 廃藩置県
- 郷社定則・氏子調規則発布
- 華族と平民の結婚を許可する
- 官員、月給制となる
- 帯刀者の渡場無賃乗船を廃止
- 東京城内で毎日正午に号砲のドンを始める
- 東京府に邏卒3000人を配す
- 武家地も地租を納めることとなる
- 東京市中で、かごは人力車に圧倒され哀微する
- 洋傘輸入41万円にのぼる
- 横浜の各所に共同便所できる
1871年のポイントまとめ
- 廃藩置県によって中央集権国家が誕生した
明治政府は全国の藩を廃止して府県を設置し、日本は中央集権体制へ大きく転換しました。 - 身分制度改革が進められた
四民平等政策が進み、武士中心の身分制度は徐々に解体へ向かっていきました。 - 岩倉使節団が欧米へ出発した
岩倉具視や大久保利通らが欧米視察へ向かい、西洋制度や技術の調査を開始しました。 - 近代国家づくりが本格化した
政治・軍事・経済・教育など各分野で、西洋型国家制度導入への改革が進み始めました。 - 明治維新最大級の改革が行われた年であった
1871年は、廃藩置県によって日本の国家構造が大きく変わった歴史的転換点でした。
1871年は、廃藩置県によって日本が本格的な中央集権国家へ生まれ変わった年でした。また、岩倉使節団の派遣によって、日本は西洋近代国家を本格的に学び始めます。 明治政府はここから急速な近代化政策を推し進めていくことになりました。
1871年のよくある質問 Q&A
Q. 1871年とはどんな年ですか?
1871年は、廃藩置県により藩が廃止され、 日本が中央集権国家として再編された年です。
Q. 廃藩置県とは何ですか?
廃藩置県とは、各藩を廃止して県に置き換え、 政府が直接統治する制度です。 日本の統治体制が大きく変わりました。
Q. なぜ廃藩置県が行われたのですか?
藩ごとに分かれていた統治を一本化し、 強い中央政府を作るためです。
Q. それまでの藩はどうなりましたか?
藩主は知藩事から免職され、 東京に移されるなどして政治的な力を失いました。
Q. なぜ1871年は重要なのですか?
日本が近代国家としての統治体制を完成させた年だからです。 明治政府の基盤が確立しました。
Q. 1871年の出来事はその後どうつながりますか?
徴兵制や教育制度などの近代改革が進み、
国家としての体制が整っていきます。
→ 1873年(徴兵令)を見る
Q. 他に重要な出来事はありますか?
岩倉使節団が欧米へ派遣され、 西洋の制度や文化を学ぶ動きが始まりました。
Q. 1871年の重要人物は誰ですか?
大久保利通、木戸孝允、岩倉具視などが重要人物です。
Q. 1871年は日本にとってどんな意味がありますか?
1871年は、日本が中央集権国家として完成した年です。 近代国家としての基礎が確立されました。
中央集権化の完成は、日本をどう変えていったのか?
行政・軍事・経済の統一が進み、日本は本格的な近代国家へと発展していきます。
明治初期から中期への流れをあわせて理解できます。

