小栗上野介の官暦|幕府中枢を駆け上がった実務官僚の軌跡
1868年(明治元年)は、日本の歴史が大きく転換した決定的な年です。
この年、京都で鳥羽・伏見の戦いが起こり、新政府軍と旧幕府軍が衝突して、戊辰戦争が始まりました。
その後、江戸幕府は崩壊へと向かい、日本は武士の時代から新しい国家体制へと移行していきます。
さらに、五箇条の御誓文が発布され、新政府の基本方針が示され、近代国家としての方向性が定められました。
つまり1868年は、「戦争によって時代が終わり、新しい国家が始まった決定的な年」といえます。
幕末を振り返る
明治維新は、どのような流れの中で起きたのか?
黒船来航から大政奉還まで、幕末の動きを整理すると理解が深まります。
明治維新の背景となる流れを確認できます。
1868年のポイントQ&A
Q. 1868年は何が起きた?
A. 明治政府が成立し、江戸幕府が完全に終わりました。
Q. なぜ重要なのか?
A. 日本が封建社会から近代国家へと大きく転換したためです。
Q. この後どうなる?
A. 戊辰戦争が続き、新政府による改革が進みます。
→ 1869年(戊辰戦争終結)を見る
目次
1868年の重要出来事
- 王政復古により新政府が本格的に始動した
- 戊辰戦争が始まり、旧幕府軍と新政府軍が戦った
- 五箇条の御誓文が発布され、新時代の方針が示された
- 江戸城無血開城が行われ、大規模内戦が回避された
- 明治天皇を中心とする近代国家建設が始まった
この年に始まったこと
1868年(明治元年)は、明治新政府が本格的に動き始めた年です。王政復古によって誕生した新政府は、近代国家建設へ向けた新たな制度や方針を次々と打ち出しました。
- 明治政府による統治が始まった
王政復古によって成立した新政府が本格的な政治運営を開始し、日本は新しい時代へ入りました。 - 五箇条の御誓文が発布された
新政府は五箇条の御誓文を公布し、近代国家建設の基本方針を示しました。 - 政体書による新政府組織が始まった
日本初の近代的な中央政府制度として政体書が制定され、新政府の行政機構が整備されました。 - 東京への首都機能移転が始まった
明治天皇が江戸へ行幸し、東京を政治の中心とする新体制が始まりました。 - 戊辰戦争が始まった
鳥羽・伏見の戦いをきっかけに旧幕府勢力と新政府軍の戦争が本格化しました。
1868年は、「明治政府と近代国家づくりが始まった年」でした。
この年は何が変わったのか
1868年(明治元年)は、江戸幕府の時代が終わり、日本が「明治」という新しい時代へ入った歴史的転換点の年でした。王政復古による新政府成立と戊辰戦争によって、日本の政治体制は大きく変わり始めます。
明治維新によって新しい国家づくりが始まった
1868年は明治維新の始まりとして位置づけられる年です。新政府は天皇中心の政治体制を打ち出し、日本を近代国家へ変えていく改革を進め始めました。
王政復古によって幕府政治が終わった
王政復古の大号令によって、江戸幕府中心の政治体制は正式に終わりを迎えました。新政府は朝廷を中心とした新しい政治秩序の確立を目指していきます。
鳥羽・伏見の戦いによって戊辰戦争が始まった
旧幕府軍と新政府軍が衝突した鳥羽・伏見の戦いは、戊辰戦争の始まりとなりました。この戦いで新政府軍が優勢となり、倒幕の流れは決定的になっていきます。
五箇条の御誓文によって新政府の方針が示された
新政府は五箇条の御誓文を発表し、広く意見を求める政治や知識の導入など、新しい国家運営の基本方針を示しました。これは後の近代化政策の重要な出発点となります。
江戸城無血開城によって大規模内戦が回避された
西郷隆盛と勝海舟の交渉によって江戸城無血開城が実現しました。これにより江戸での大規模戦闘は避けられ、日本の政権移行は比較的スムーズに進むことになります。
明治天皇を中心とする新時代が始まった
1868年には元号が「明治」へ改められ、明治天皇を中心とする新時代が始まりました。ここから日本は、中央集権化・近代化・西洋化を急速に進めていくことになります。
この年の重要人物
1868年(明治元年)は、鳥羽・伏見の戦いをきっかけに戊辰戦争が始まり、新政府が発足した年です。江戸城無血開城や五箇条の御誓文の発布など、日本が近代国家へ歩み始める大きな転換点となりました。この年を理解するうえで重要な人物を整理します。
- 明治天皇
新政府の象徴として即位し、新しい時代の幕開けを担いました。9月には「明治」と改元され、日本は近代国家への第一歩を踏み出しました。 - 西郷隆盛
新政府軍の中心人物として戊辰戦争を指導しました。江戸城無血開城の実現にも大きく貢献しています。 - 勝海舟
旧幕府側の代表として西郷隆盛と会談し、江戸城無血開城を実現しました。内戦による大規模な被害を防いだ功績で知られます。 - 徳川慶喜
大政奉還後も旧幕府勢力の中心として注目されました。鳥羽・伏見の戦いに敗れ、江戸へ退いたことで幕府の時代は終わりを迎えました。 - 岩倉具視
王政復古後の新政府運営を主導した中心人物です。新たな政治体制の確立に向けて重要な役割を果たしました。
出来事・事物起源・話題
- 1月2日
- 松平泰直、全軍1万5,000余を率いて進軍を開始する(鳥羽伏見の戦いの序幕)
- 1月3日
- 鳥羽伏見の戦いが始まる
- 1月3日
- 東郷平八郎、海軍生活の第一歩を踏み出す
- 1月6日
- 鳥羽伏見の戦いに敗れた幕府軍、大坂へ敗走する(徳川慶喜は天保山沖の米艦へ退避)
- 1月7日
- 朝廷、徳川慶喜の罪を公表し、征討の大号令を発する
- 1月8日
- 長州藩兵、大坂城の幕府軍を砲撃する
- 1月9日
- 薩摩・長州両藩の兵、備後福山城を降伏させる
- 1月11日
- 神戸事件(明治最初の外交問題)が起こる
- 1月13日
- 徳川慶喜、江戸城内で和戦会議を開く
- 1月15日
- 明治天皇が元服される
- 1月16日
- 親王および大臣の席次が定められる
- 1月17日
- 外国総奉行堀直虎、江戸城で徳川慶喜に恭順を直言し、自刃する
- 1月17日
- 勝海舟、軍艦奉行から海軍奉行並に任命される
- 1月23日
- 徳川慶喜、主戦派を退け、恭順論を唱える勝海舟を重用する
- 1月27日
- 大坂に鎮台を設置する
- 1月27日
- 官軍、菊花紋章の旗を用いる
- 2月3日
- 明治天皇、「徳川慶喜親征の詔」を発布される
- 2月3日
- 新政府、官制を改め三職八局制を定める
- 2月9日
- 有栖川宮熾仁親王を東征大総督に、嘉彰親王を海軍総督に任命する
- 2月12日
- 徳川慶喜、上野寛永寺に入り謹慎する
- 2月15日
- 堺事件(土佐藩兵とフランス水兵の衝突事件)が起こる
- 2月23日
- 渋沢成一郎ら旧幕臣、彰義隊を結成して上野を占拠する
- 2月24日
- 柳川春三らにより、佐幕派最初の機関紙『中外新聞』が創刊される
- 2月30日
- 英国公使パークス、京都で攘夷派に襲撃されるが、後藤象二郎らに救出される(旧暦2月30日)
- 3月4日
- 明治天皇、南殿で天地神祇を祭り、五箇条の誓いを立てられる
- 3月5日
- 勝海舟、山岡鉄舟と会見する
- 3月9日
- 山岡鉄舟、駿府城で西郷隆盛と会見し、勝海舟の和平案を伝える
- 3月13日
- 西郷隆盛と勝海舟、江戸の薩摩藩邸で会見する
- 3月14日
- 西郷隆盛と勝海舟、再び会見し江戸城開城を協議する
- 3月14日
- 明治天皇、五箇条の御誓文を発布される
- 3月20日
- 徳川家処分について三職会議が開かれる
- 3月20日
- 秋山真之誕生
- 3月21日
- 明治天皇、親征のため京都を御出発になる
- 3月24日
- パリで日本初の邦字新聞『世の噂』が発行される
- 3月26日
- 日本初の観艦式が行われる
- 4月2日
- 勝海舟らに江戸市中の取締りが命じられる
- 4月2日
- 甲鉄艦ストーンウォール号が横浜に入港する
- 4月3日
- 近藤勇、下総流山で官軍に捕らえられる
- 4月3日
- 福地源一郎、『江潮新聞』を創刊する
- 4月3日
- 福沢諭吉、自らの英学塾を「慶應義塾」と改称する
- 4月4日
- 江戸開城のための勅使が到着する
- 4月5日
- 『太政官日誌』が発行される(官報の前身)
- 4月6日
- 明治天皇、大坂城で諸藩兵の操練を御覧になる
- 4月6日
- 小栗忠順、斬首される
- 4月7日
- 勝海舟、江戸の治安維持を命じられる
- 4月8日
- 有栖川宮熾仁親王、本営の駿府を出発する
- 4月9日
- 大久保利通、初めて明治天皇に拝謁する
- 4月11日
- 江戸城が無血開城される
- 4月11日
- 徳川慶喜、水戸へ退去する
- 4月11日
- 榎本武揚、大鳥圭介ら旧幕府軍が江戸を脱出する
- 4月11日
- 岸田吟香、『もしほ草』を創刊する
- 4月20日
- 各国領事が長崎裁判所に対し、キリスト教布教禁止の解除を請願する
- 4月21日
- 神戸に湊川神社が創建される
- 4月22日
- 伊藤博文(兵庫県知事)、木戸孝允を招き、日本で初めて馬車に試乗する
- 閏4月22日
- 公卿・大名などの行列に伴うお先払いと土下座の制度を廃止する
- 4月23日
- 東山道官軍、下野宇都宮を奪還する(大鳥圭介は日光へ退く)
- 4月24日
- 奥羽方面の官軍、白河城に迫る
- 4月24日
- 日本人による最初のハワイ移民が出発する
- 4月25日
- 京都裁判所を京都府と改称し、長谷信篤を初代知事に任命する
- 4月25日
- 近藤勇、斬首される
- 4月27日
- 大村益次郎、新政府の軍防事務局判事に任命される
- 4月27日
- 坂本龍馬が率いた海援隊が解散する
- 4月28日
- 許可のない出版物の頒布・販売を禁止し、出版物の取締りを強化する
- 5月1日
- 江戸市中の警察権が官軍に移される
- 5月2日
- 大阪府庁を設置し、醍醐忠順を知事に任命する
- 5月15日
- 大総督府、諸軍に命じて彰義隊を上野で討伐する
- 5月15日
- 新紙幣「太政官札(金札)」を発行する
- 5月19日
- 仮に江戸鎮台を設置し、寺社奉行・勘定奉行・町奉行を廃止する
- 5月19日
- 越後長岡城陥落
- 5月24日
- 徳川家達に駿府70万石が与えられる
- 5月27日
- 広瀬武夫誕生
- 5月29日
- 官軍が白河城への総攻撃を開始する
- 5月30日
- 新選組幹部・沖田総司死去
- 6月2日
- 江戸城内で戦没者慰霊祭が行われる(現在の招魂祭の始まり)
- 6月12日
- 奥羽連合軍、白河城を再攻撃する
- 6月17日
- 横浜裁判所を神奈川府と改称し、東久世通禧を初代知事に任命する
- 6月19日
- 江戸の地名を改称する議論が始まる
- 6月26日
- 木戸孝允と大木喬任、三条実美と会見し、明治天皇の東幸などを協議する
- 6月27日
- 大久保利通、木戸孝允、大村益次郎らが会合し、明治天皇の東幸について協議する
- 6月29日
- 昌平黌を再興し、「昌平学校」と改称する
- 7月8日
- 西園寺公望、越後長岡城に入城する
- 7月13日
- 幕臣天野八郎、本所で捕らえられる
- 7月14日
- 出羽庄内藩兵、新庄城を攻略する
- 7月15日
- 大坂港が開港する
- 7月17日
- 江戸を東京と改称する
- 7月19日
- 徳川慶喜、水戸から駿府へ移る
- 7月23日
- 徳川慶喜、駿府で謹慎生活に入る
- 7月25日
- 河井継之助、越後長岡城を奪還する
- 7月29日
- 官軍、岩代二本松城を攻撃する
- 8月1日
- 相馬藩家老脇本喜兵衛が壮絶な最期を遂げる
- 8月11日
- 大総督府参謀西郷隆盛、官軍を率いて新潟に到着する
- 8月11日
- 秋田藩兵、村上城を奪還する
- 8月16日
- 河井継之助、戦傷がもとで死去する
- 8月17日
- 東京府庁が開設される(初代府知事に烏丸光徳を任命)
- 8月19日
- 榎本武揚ら旧幕府軍、軍艦8隻を率いて品川湾を脱出し函館へ向かう
- 8月20日
- 各方面の官軍、会津への総攻撃を開始する
- 8月21日
- 南部藩兵の進撃により、秋田藩兵は大館へ退却する
- 8月23日
- 白虎隊自刃
- 8月25日
- 会津攻城戦が本格化する
- 8月27日
- 明治天皇(17歳)、紫宸殿において即位の大礼を行われる
- 8月29日
- 大坂造幣局に貨幣鋳造機が輸入される
- 9月6日
- 官軍、南部藩兵を破って大館城を奪還する
- 9月8日
- 明治と改元(一世一元の制を定める)
- 9月8日
- 大鳥圭介、会津から函館へ向かう
- 9月9日
- 会津城下は兵火により焦土と化す
- 9月10日
- 二本松藩主丹羽長国と天童藩主織田信敏、官軍に降伏する
- 9月12日
- 官軍、庄内軍を破り水沢を占領する
- 9月12日
- 駅逓司、郵便規則を公布する
- 9月13日
- 大久保利通、京都で岩倉具視・木戸孝允と会見し、明治天皇の東幸について協議する
- 9月20日
- 明治天皇、京都を御出発になり東幸される
- 9月22日
- 会津若松城開城、官軍に降伏(戊辰戦争の大勢が決する)
- 9月24日
- 磐城地方の諸藩が官軍に降伏する
- 9月27日
- 明治天皇、農民の収穫の様子を御覧になる
- 9月28日
- スペインと通商条約を締結する
- 10月6日
- 鎮撫総督四条隆謌、仙台城に入城する
- 10月13日
- 明治天皇、「東京」に御到着になる(江戸城を皇居とし、事実上の東京遷都が完了)
- 10月15日
- 明治天皇、万機親裁の詔を発布される
- 10月24日
- 大鳥圭介ら旧幕府軍が函館に迫る
- 10月25日
- 榎本武揚、大鳥圭介、荒井郁之助ら旧幕府軍が五稜郭に入り防備を固める
- 10月27日
- 備前藩・津藩・久留米藩が函館討伐のため出兵する
- 11月1日
- 観音崎灯台(日本初の洋式灯台)が着工される
- 11月4日
- 東京遷都を祝う大会が開かれる
- 11月9日
- 東京の外国人居留地に互市場を開設する(後の東京運上所)
- 11月13日
- 火あぶり刑と磔刑を廃止する
- 11月18日
- 新嘗祭遥拝の儀が東京城(江戸城)で行われる
- 11月19日
- 函館地方が旧幕府軍に占領される
- 11月19日
- 東京築地に外国人居留地を設置する
- 11月19日
- 新潟港が開港する
- 11月19日
- 灯明船が初めて横浜に設置される
- 11月24日
- 徳川昭武に函館討伐が命じられる
- 12月7日
- 陸奥国を磐城・岩代・陸前・陸中・陸奥の五国に分け、出羽国を羽前・羽後の二国に分割する
- 12月8日
- 明治天皇、東京を御出発になり京都へ還幸される
- 12月15日
- 榎本武揚ら旧幕府軍が蝦夷地を占領する
- 12月20日
- 沼津兵学校が開設される
- 12月22日
- 明治天皇、京都へ還幸される
- 12月22日
- 年末年始の官庁休暇制度を制定する
- 12月23日
- 各府藩県に権知県事・権判県事を置き、適任者の推薦を命じる
- 12月24日
- 各府藩県に地図の作製を命じる
- 12月28日
- 一条美子を皇后に冊立する
生活の話題
衣
- 開成所、裁縫ミシンの伝習教授及び仕立物の注文を受ける新聞広告を出す
- 薩摩兵ザンギリ頭になる
- 天皇名を以て服制に関する意見を諸臣に徹し、唐風の礼服を廃し、衣冠束帯を正服と定める
- 散髪店の開業をみる
- 芝居、角力など興行場で帯刀禁止
- 自領以外の帯刀禁止
- 公卿の眉そり、かねつけ廃止
- 各種手ミシン輸入
食
- 大膳職に初めて肉饌の下命
- 米穀の津留・買占・輸出の禁止
- 風月堂、薩摩藩に兵糧パン5,000人分を納める
- 大阪で牛肉店新門亭開業、この頃馬肉を食べ始める
- 岸田吟香、ご飯に生卵をかけ食べる
- 函館在住ドイツ人、桜桃を試植
- 支那人築地でラムネ製造を始める
- 英国製バースビール輸入
住
- ヘヤヌクメ(ストーブ)により、長崎で火災起こる
その他
- 脱藩、浮浪を禁ず
- 列藩に賦課して陸軍編制
- 阪神間にアメリカ商会のスタンチ号という船、航行開始
- 大阪にて外国商人書籍薬種の販売広告を出す
- 日本橋和泉屋半兵衛、木刻活字印刷請負広告を出す
- 一六休日制布告
- 京都舎密局設立
- 駅逓規則制定
- 横浜で往来端立小便を禁ず
- 外国人用旅館「築地ホテル館」開業(8月)
1868年のポイントまとめ
- 鳥羽・伏見の戦いで戊辰戦争が始まった
新政府軍と旧幕府軍が衝突し、日本は全国規模の内戦である戊辰戦争へ突入しました。 - 明治新政府が本格的に始動した
王政復古によって成立した新政府は、天皇中心の新しい政治体制づくりを進め始めました。 - 江戸城無血開城が実現した
西郷隆盛と勝海舟の会談によって江戸城は戦火を避けて開城され、大規模な市街戦は回避されました。 - 明治への改元が行われた
「慶応」から「明治」へ改元され、日本は新しい時代へ正式に踏み出しました。 - 近代国家日本の出発点となる年であった
1868年は、江戸時代が終わり、日本が近代国家建設へ向かって大きく動き始めた歴史的転換点でした。
1868年は、戊辰戦争と明治新政府の成立によって、日本の歴史が大きく変わった年でした。江戸幕府は終焉を迎え、日本は天皇中心の近代国家建設へ進み始めます。 鳥羽・伏見の戦いから江戸城無血開城まで、日本近代史の出発点となる重要な出来事が続いた一年でした。
1868年のよくある質問 Q&A
Q. 1868年とはどんな年ですか?
1868年は、明治維新が始まり、江戸幕府の支配が終わった年です。 日本は新しい政治体制へと移行しました。
Q. 明治維新とは何ですか?
明治維新とは、幕府中心の政治から天皇中心の政府へと移る改革です。 日本の近代化の出発点となりました。
Q. 王政復古の大号令とは何ですか?
朝廷が政治の主導権を握ることを宣言した出来事です。 これにより幕府は完全に政治の中心から外れました。
Q. 戊辰戦争とは何ですか?
新政府軍と旧幕府勢力が戦った内戦です。 1868年に始まり、翌年まで続きました。 → 1869年(戦争の結末)を見る
Q. 江戸はどうなりましたか?
江戸は戦火を免れ、「東京」と改称され、新政府の中心地となりました。
Q. なぜ1868年は重要なのですか?
日本の政治・社会・経済の仕組みが大きく変わったためです。 近代国家としての出発点となりました。
Q. 1868年の出来事はその後どうつながりますか?
新政府による改革が進み、中央集権国家の形成が進みます。 → 1871年(廃藩置県)を見る
Q. 1868年の重要人物は誰ですか?
明治天皇、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允などが重要人物です。
Q. 1868年は日本にとってどんな意味がありますか?
1868年は、日本が近代国家へと生まれ変わった年です。 幕末から明治へと続く大きな転換点となりました。
次に読むなら
明治維新のあと、日本はどのように近代化していくのか?
政治・社会・制度の大改革が進み、日本は急速に近代国家へと変化していきます。
明治時代の発展の流れをあわせて理解できます。



