1890年(明治23年)は、日本が近代国家としての仕組みを整え、「政治」と「教育」の両面で国の形を明確にした年です。
明治維新から20年以上が経過し、日本は制度としての国家を完成させる段階に入っていました。
この年は、帝国議会の開設によって政治制度が動き始めるとともに、教育勅語の発布によって国民の価値観や道徳の方向性も示されます。
つまり1890年は、「国家の仕組みと国民の考え方が同時に整えられた年」といえます。
なぜ日本は議会政治を始めることになったのか?
第1回帝国議会の開会により、日本は立憲政治の時代へと進み始めます。
明治維新からこの年に至るまでの政治改革の流れを時系列で確認できます。
Q. 1890年は何が起きた?
A. 帝国議会が開かれ、日本で議会政治が始まりました。
Q. なぜ重要なのか?
A. 憲法に基づく政治が実際に動き出したためです。
Q. この後どうなる?
A. 政治制度が安定し、1894年に条約改正が実現します。
→ 1894年(条約改正)を見る
目次
1890年の重要出来事
- 第1回帝国議会が開かれ、日本で議会政治が始まった
- 教育勅語が発布され、国家道徳教育の方針が示された
- 衆議院議員総選挙が実施され、政党政治が本格化した
- 自由民権運動が議会政治へ移行していった
- 立憲国家としての日本の政治体制が本格始動した
この年に始まったこと
1890年(明治23年)は、大日本帝国憲法にもとづく政治制度が実際に動き始めた年です。帝国議会の開設により、日本は本格的な議会政治の時代へ入りました。
- 第1回衆議院議員総選挙が実施された
日本初の総選挙が行われ、国民が議員を選ぶ仕組みが始まりました。 - 帝国議会が開設された
貴族院と衆議院からなる帝国議会が開設され、本格的な議会政治が始まりました。 - 教育勅語が発布された
明治政府は教育勅語を発布し、近代日本の教育理念を示しました。 - 憲法にもとづく政治運営が始まった
大日本帝国憲法のもとで、政府と議会が関わる新たな政治体制が動き始めました。 - 議会と政党による政治活動が始まった
政党勢力が議会で活動を開始し、日本の政党政治の基盤が築かれました。
1890年は、「帝国議会と議会政治が始まった年」でした。
この年は何が変わったのか
1890年(明治23年)は、日本で初めて帝国議会が開かれ、本格的な議会政治が始まった年でした。一方で、教育勅語発布によって国家理念の統一も進められ、近代国家としての体制がさらに固められていきます。
帝国議会によって議会政治が始まった
1890年、日本初の帝国議会が開かれました。衆議院議員総選挙を経て議員が選出され、日本は本格的に立憲政治と議会運営の時代へ入っていきます。
第一回衆議院議員総選挙が実施された
日本初の国政選挙となる第一回衆議院議員総選挙が行われました。ただし選挙権は高額納税者の男性に限られており、参加できる国民はごく一部でした。
教育勅語によって国家道徳が示された
1890年、明治天皇の名で教育勅語が発布されました。忠君愛国や家族道徳を重視する内容であり、以後の日本教育や国家観へ大きな影響を与えていきます。
政党と政府の対立が始まり始めた
帝国議会では自由党系・改進党系議員と政府側が対立する場面が増えていきました。予算問題などをめぐる政治対立は、後の政党政治発展へつながっていきます。
足尾鉱毒問題が社会問題として注目され始めた
田中正造らによって足尾鉱毒問題が取り上げられ、公害問題への関心が高まり始めました。近代産業化の進展とともに、新たな社会問題も表面化していきます。
立憲国家としての日本が本格始動した
憲法・議会・教育制度などが整い、日本は本格的な立憲国家として動き始めました。1890年は、近代日本政治が実際に機能し始めた重要な一年でした。
この年の重要人物
1890年(明治23年)は、第1回帝国議会が開かれ、日本で本格的な議会政治が始まった年です。また、教育勅語が発布され、政治制度と教育制度の両面で近代国家の基盤が整えられました。憲法発布の翌年として、新たな国家体制が実際に動き始めたこの年を理解するうえで重要な人物を整理します。
- 伊藤博文
初代内閣総理大臣経験者として憲法体制の運用を支えました。帝国議会開設後も政府の中心人物として大きな影響力を持っていました。 - 山縣有朋
第1次山縣内閣を率い、帝国議会との対応にあたりました。議会政治の出発点に立った政府側の中心人物です。 - 大隈重信
立憲改進党の指導者として議会政治の発展を目指しました。政府と政党勢力の対立構造を代表する人物です。 - 板垣退助
自由党の指導者として帝国議会に参加しました。自由民権運動から議会政治への橋渡しを担った人物です。 - 明治天皇
教育勅語を発布し、新しい国家体制の理念を示しました。また、帝国議会開院式にも臨み、立憲国家の出発を象徴しました。 - 小泉八雲
1890年に来日し、松江で英語教師として勤務を始めました。後に日本文化を海外へ紹介する代表的な作家となります。
この年を彩った人物
- 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)
来日し、松江で英語教師として勤務を始めました。後に日本文化を世界へ紹介する作家となります。 - 豊田佐吉
木製人力織機を発明しました。後の日本の機械工業とトヨタグループの源流につながる人物です。
出来事・事物起源・話題
- 1月18日
- 富山市に米騒動起る
- 1月21日
- 大井憲太郎・中江兆民ら自由党を再興
- 2月1日
- 徳富蘇峰主宰の「国民新聞」創刊される
- 2月3日
- 第伍海軍区鎮守府を室蘭に設置
- 2月5日
- メキシコに公使を置く(米国公使陸奥宗光が兼務)
- 2月8日
- 閣議、青木周蔵外相提出の条約改正案を決定
- 2月11日
- 金鵄勲章が制定される
- 2月27日
- 浅草の大火(約1,500戸焼失)
- 3月6日
- 岩崎弥之助、政府より丸の内一帯の払い下げを受ける
- 3月8日
- 駿河台ニコライ堂開堂
- 3月17日
- 日英清間に印蔵条約
- 3月25日
- 女子高等師範学校創立
- 3月31日
- 明治天皇、豪雨中に大演習御統監
- 4月4日
- 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)来日
- 4月9日
- 琵琶湖疎水(大津・鴨川落合)第一期工事開通式、大津に挙行される(両陛下臨御)
- 4月18日
- 神戸湾において観艦式(帝国軍艦19隻)
- 4月21日
- 民法(旧民法、民法典論争おこり、施行されず)財産編公布
- 4月21日
- 呉鎮守府開庁式
- 4月26日
- 商法公布(法律48号)
- 4月27日
- 民法第一、第二、第三編公布
- 5月1日
- 世界で初めてのメーデー開催
- 5月17日
- 府県郡制を公布
- 6月12日
- 東京農林学校、帝国大学に合併
- 6月15日
- 紡績第1次操短
- 6月18日
- 利根川・江戸川間の運河開通
- 6月21日
- 軍人恩給法公布
- 6月30日
- 行政裁判法を公布
- 7月1日
- 第一回衆議院議員総選挙
- 7月16日
- 民事訴訟法施行条令公布
- 8月12日
- 電気学者藤岡市助により、初めて炭素線電球作られる
- 8月17日
- 新聞紙の挿図に初めて写真版表われる
- 8月25日
- 立憲自由党結党
- 9月5日
- 大阪の大火(約1,800戸焼失)
- 9月15日
- 東京芝に立憲自由党結党式
- 9月20日
- フランスより初めて輪転印刷機輸入(東京着)
- 9月21日
- 日本法律学校(日本大学の前身)の開校式
- 10月7日
- 岡倉天心、東京美術学校校長に就任
- 10月9日
- 岩崎弥太郎、土佐開成商社を成立(三菱の前身)
- 10月10日
- 訴訟法公布される
- 10月20日
- 元老院廃止される
- 10月22日
- 東京市内一般の電話通話開始する(使用回数に制限を与えず)
- 10月24日
- 伊藤博文、貴族院議長となる
- 10月27日
- 初のエレベータ浅草に登場
- 10月30日
- 教育勅語、発布される(「忠」と「孝」が基本思想)
- 11月1日
- 盲人教育に点字採用
- 11月3日
- 東京に帝国ホテル創業
- 11月10日
- 東京浅草に12階の凌雲閣竣工
- 11月11日
- 東京に最初の書籍大糶市開かれる
- 11月13日
- 我国最初のエレベータ運転開始
- 11月20日
- 丸の内山下町に帝国ホテル開業
- 11月25日
- 第一回帝国通常議会召集される(初代議長に中島信行、副議長に津田真道が当選)
- 11月29日
- 第一回帝国議会開院式
- 12月4日
- 北里柴三郎、ジフテリア、破傷風の血清療法を発見
- 12月16日
- 東京・横浜間の電話交換業務開始(加入者、東京179、横浜45)
- 12月24日
- 山県有朋内閣を組織する
内閣総理大臣
山県有朋(明治22年12月24日~明治24年5月6日)
生活の話題
衣
- 外務省の給仕、悉く官給の制服となる
- 東海道線全通
- 選挙の開始などにより鞄の需要激増する
食
- 大坂に外国米多く輸入される
- 米価が騰貴して、兵舎の残飯を売捌いたものが大繁盛
- 馬肉の流行から、牛肉に馬肉を混ぜて売るものが現れ警視庁は市中の肉屋を検査する
- 兵庫県揖保郡神岡村のそうめん製造年産15万円に達する
- コレラの流行で氷水売れず
- 第3回内国勧業博覧会の会場に喫茶店を設けて成功、一般市内にも見かけるようになる
- 村井商会、紙巻煙草サンライスを製造(国産紙巻煙草のはじめ)
- 日本禁酒会創立
住
- 銀座2丁目にスレート商会開店
- 水道条例発布
- 品川電燈(4月)、横浜共同電燈(10月)、深川電燈(12月)それぞれ開業
- 神奈川県秦野町で土管の小規模上水道竣工
その他
- 貴族院議員選挙
- 電信交換規則発布
- 府県制・郡制公定
- 第3回内国勧業博覧会の際、東京電燈会社は上野公園桜岡より両大師前まで電気鉄道を敷設し運転をなす
- 多額納税議員選挙
- 江戸川・利根川連絡運河落成
- 衆議院議員選挙
- 第1回帝国議会開会
- 電信交換規則実施
- 日光線、水戸線鉄道開通
- 東京・横浜間電話開通
- 富山県で附近に綿糸工場ができ綿作を中止
1890年のポイントまとめ
- 第1回帝国議会が開かれた
大日本帝国憲法にもとづき、日本初の帝国議会が開会され、本格的な議会政治が始まりました。 - 教育勅語が発布された
明治政府は忠君愛国や道徳観を示す教育勅語を発布し、日本の教育理念へ大きな影響を与えました。 - 政党政治が本格的に始動した
自由党や立憲改進党など政党勢力が議会へ進出し、政府との対立や協調が始まりました。 - 近代国家としての政治制度が動き始めた
憲法・議会・内閣制度がそろい、日本は立憲国家として本格的な運営段階へ入りました。 - 明治国家体制が実際に機能し始めた年であった
1890年は、憲法発布から一歩進み、日本近代国家の政治システムが実際に動き始めた重要な年でした。
1890年は、第1回帝国議会開会によって日本の議会政治が本格的に始まった年でした。 また、教育勅語発布によって国家理念や教育方針も整備され、明治国家体制はさらに強化されていきます。 近代国家として整えられた制度が、実際に運用段階へ入った大きな転換点となりました。
1890年のよくある質問 Q&A
Q. 1890年とはどんな年ですか?
1890年は、帝国議会が初めて開かれ、 日本で議会政治が実際にスタートした年です。
Q. 帝国議会とは何ですか?
帝国議会は、衆議院と貴族院からなる国会で、 法律や予算を審議する機関です。
Q. なぜ議会が必要だったのですか?
憲法に基づく政治を実現し、 国民の意見を政治に反映するためです。
Q. 初めての議会はどのような様子でしたか?
政府と議会が対立する場面も多く、 試行錯誤の中で議会政治が進められました。
Q. 教育勅語とは何ですか?
教育の基本理念を示したもので、 国家の価値観を国民に浸透させる役割を持ちました。
Q. なぜ1890年は重要なのですか?
憲法に基づく政治制度が実際に機能し始めた年だからです。
Q. 1890年の出来事はその後どうつながりますか?
政治体制が安定し、
1894年に不平等条約の改正が実現します。
→ 1894年(条約改正)を見る
Q. 他に重要な流れはありますか?
政党と政府の関係が形成され、 日本の議会政治の基礎が築かれました。
Q. 1890年の重要人物は誰ですか?
伊藤博文、板垣退助、大隈重信などが重要人物です。
Q. 1890年は日本にとってどんな意味がありますか?
1890年は、憲法に基づく政治が実際に動き出し、 日本が本格的な立憲国家として機能し始めた年です。
議会政治は、その後どのように発展していくのか?
政党政治の成長や対外戦争を経て、日本はさらに近代国家として発展していきます。
明治中期から後期への流れをあわせて理解できます。
