広瀬武夫の人となりが表れる逸話4選|軍神の素顔とは

日露戦争で「軍神」と称された広瀬武夫。
その最期の壮烈さばかりが語られがちですが、実際の彼は、豪放で人間味あふれる一面を持つ人物でした。
本記事では、広瀬武夫の性格や人となりがよくわかる逸話を4つ厳選して紹介します。
そこから見えてくるのは、「強さ」だけではない、意外な素顔です。
驚くべき大食漢
若き日の広瀬武夫は、並外れた大食漢として知られていました。
鰻丼なら5杯、寿司なら10人前を平らげるほどで、ある日、祖母の家を訪ねた際の逸話が残っています。
菓子がなかったため、祖母は砂糖の入った大瓶を差し出しました。
すると広瀬は、お茶を飲みながらその砂糖を舐め続け、一斤(約600g)をすべて食べてしまったのです。
流石にお祖母さんは可愛い孫がわざわざ来たのに、美味しい物が無いのは気の毒だと思い、
武夫さん、ちょっと待っておいで、今お汁粉を買って来てあげるから
と云って家を出て、近所の汁粉屋から、30銭程のお汁粉を買って鍋に入れ、それを下げて家へ帰って来ましたが、田舎汁粉の事だから甘くなかろうと思い、
武夫さん、このお汁粉を美味くして上げるから、砂糖の瓶を持ってお出で
と云うと、武夫は笑いながら
お祖母さん、ダメだよ、もう砂糖はすっかり舐めてしまった
と云ったので、お祖母さんはすっかり呆れて、
おや、おや、おや、一斤の砂糖をおまえ一人で舐めてしまったのかえ?それでは仕方がないから、甘くないお汁粉で辛抱をし
と云い、お汁粉の鍋をそこへ置き、今度は夕飯の支度に台所へ行きました。
しばらくして武夫の側へ帰って見ると、お汁粉の鍋はいつの間にかすっかり空になっていました。お祖母さんは、またまたびっくりして 、
おや、おや、おや、おや、お前、30銭のお汁粉を一人で食べてしまったのかえ?それではもう夕飯はたべられますまい
と云うと、武夫は平気で、
いいえ、僕は夕飯がどんなご馳走か楽しみにしています
と答えたといいます。
この逸話からは、広瀬の常人離れした体力と、どこか豪放な気質がうかがえます。
清水次郎長を唸らせた胆力
ある時、海軍士官たちが清水港で次郎長を訪ねた際のこと。
次郎長は一同を見渡し、
イヤこう見たところで男らしい男は一匹もいねーな
と言い放ちます。
その場の空気が凍りつく中、一人の若い士官が進み出て、
おうおう、そう言うなら、一つ手並みを見せてやるから、びっくりするな
と言いはなち、いきなり鉄拳を固めて、自分の鳩尾(みぞおち)を5、60発程続け様に撲った。
この異様な気迫に、次郎長も思わず感服し、
なるほど、お前は男だ
と認めたといいます。
この人物こそ広瀬武夫。
その胆力と精神力は、すでに若い頃から際立っていました。
友を思い、出世を案じた諫言
広瀬武夫と財部彪は、海軍兵学校の同期であり親友でした。
その財部が、海軍大臣である山本権兵衛の娘と結婚することになります。
これを聞いた広瀬は、すぐさま山本邸へ赴き、こう訴えました。
「これはいかん、財部のためにはなはだ不利益な結婚だ。これは止めねばならん!」
これを聞いた広瀬は、すぐさま山本邸へ赴き、こう訴えました。
財部はご承知の通り海軍部内の秀才です。前途多望の男です。一身の栄達は固より期して待つべきで、僕等友人の固く信ずる所です。然るに今度お娘子と結婚の約が調ったそうですが、今財部が海軍大臣の娘婿となるにおいては、今後財部が自分一個の力によって、官職は位階の昇進する事があっても、世間ではこれを以て全く海軍大臣のおかげであるとする。海軍大臣の娘婿であるからだとして、非難こそあれど、誰も財部の技量を認める者はいないでしょう。だからこの結婚は財部の為に甚だ不利益で、財部の為に惜しまざるを得ません。この結婚は破談にして戴きたいことを僕は切に希望します。僕は財部の友人として、衷情黙視するに忍びないからお諌めに参りました。
出世が実力ではなく「縁故」と見られることを危惧し、友の将来を守るため、あえて大臣本人に直言したのです。
しかし、広瀬武夫の諫言は聞き入られず、財部は山本海相の娘婿となったのでした。
この逸話から見えるのは、友情に厚く、信念を曲げない誠実さです。
ロシア婦人に敗北、そして執念の雪辱
ロシア駐在中、広瀬は一人の屈強な女性と腕相撲をし、敗北してしまいます。
この敗北に、彼は激しく悔しがりました。
女に負けた!いくら強いからとて、敵は女ではないか、日本の軍人が女に負けたというのは如何にも残念だ。何という恥かしいことだ。
と、歯を噛んでとても悔しがった。そして腕組みをしながら独り言を言った。
如何にも遺憾千万だ。どんなことがあってもこのままには置かれぬ。何とかして取り返さねばならぬ。彼も人だ、我も人だ、ましてや彼は婦人である。我は男子も男子、天晴れ日本の男子だ。改めて勝負をしょう。うんと腕を鍛え上げて、日本男子の恥辱をすすがねばならぬ。
こう思うと、広瀬は毎朝早く起きて、鉄亜鈴を振り回し、二週間余り懸命に腕力を鍛えた。
その日から毎朝、鉄亜鈴を振って鍛錬を重ね、わずか2週間で再挑戦。
今度は見事に勝利を収めました。
出典:戦記名著集 熱血秘史 第7巻「広瀬中佐」より
この話は単なる負けず嫌いではなく、一度決めたことはやり抜く強烈な意志を物語っています。
まとめ|逸話から見える広瀬武夫の本質
これらの逸話を通して見えてくる広瀬武夫の姿は、
- 豪放でエネルギッシュ
- 胆力に優れ
- 友情に厚く
- 強い意志を持つ
という、極めて人間味にあふれた人物像です。
そしてこれらの性格こそが、旅順口閉塞作戦における行動、すなわち部下を救おうとして命を落とす最期へとつながっていきます。
つまり彼は、最期だけで評価される人物ではなく、日常の延長として“あの行動”を取った人間だったのです。


