栗本鋤雲とは|幕末外交と近代ジャーナリズムを支えた幕臣をわかりやすく解説

  • 公開日:2026/06/10
  • 最終更新日:2026/06/11
歴史用語集

栗本鋤雲(くりもと じょうん)は、幕末から明治時代にかけて活躍した幕臣・外交官・新聞人です。

幕府の外国奉行として幕末外交の最前線に立ち、フランスとの関係強化や近代化政策に尽力しました。

明治維新後は新聞界へ転じ、日本の近代ジャーナリズムの発展にも大きな足跡を残しています。

よくある質問
栗本鋤雲とは誰ですか?
幕末の幕臣・外交官であり、明治時代には新聞人として活躍した人物です。
何で有名ですか?
外国奉行としての外交活動と郵便報知新聞での活躍です。
小栗忠順との関係はありますか?
幕府の近代化政策をともに支えた同僚でした。

→ 詳しいQ&Aはページ下部をご覧ください

栗本鋤雲とは簡単にいうと?

簡単に言えば、栗本鋤雲とは「幕府の近代化と明治の新聞界を支えた知識人」です。

  • 幕末の外国奉行
  • 親仏派の中心人物
  • 横須賀製鉄所設立に関わった
  • パリ万博使節団に参加した
  • 明治時代には新聞人として活躍した

栗本鋤雲の生涯

栗本鋤雲は1822年(文政5年)、幕府医官の家に生まれました。

名は鯤(こん)、鋤雲は号です。

若い頃は医学や儒学を学び、後に幕府の医官となりました。

箱館での活躍

1858年、栗本は蝦夷地(北海道)へ赴任します。

箱館では病院や薬園の整備、河川改修、産業振興などに取り組みました。

また樺太や千島列島の調査にも関わり、北方経営の実務家として活躍しました。

幕臣への転身

1862年に士分へ取り立てられ、幕臣となります。

その後は昌平坂学問所頭取や目付を歴任しました。

優れた行政能力を評価され、幕府の中枢へ進出していきます。

外国奉行としての活躍

栗本鋤雲は外国奉行として欧米列強との外交交渉にあたりました。

特にフランス公使レオン・ロッシュと親しく、幕府の親仏政策を推進した人物として知られています。

幕末外交を語る上で欠かせない存在です。

横須賀製鉄所と小栗忠順

栗本鋤雲は横須賀製鉄所(後の横須賀造船所)の建設計画に関わりました。

この事業を主導したのは 小栗忠順 ですが、栗本もフランスとの調整などで重要な役割を果たしています。

幕府近代化政策を支えた名コンビの一人でした。

パリ万博への参加

1867年、栗本鋤雲は徳川昭武に随行してフランスへ渡ります。

パリ万国博覧会への参加や幕仏関係の強化に尽力しました。

しかし滞在中に明治維新が起こり、幕府は崩壊してしまいます。

新聞人としての第二の人生

維新後はしばらく隠居生活を送りました。

その後『横浜毎日新聞』や『郵便報知新聞』で活躍し、日本を代表する新聞人となります。

成島柳北や福地桜痴と並ぶ明治ジャーナリズムの先駆者として評価されています。

栗本鋤雲の歴史的意味

栗本鋤雲は幕府の近代化と明治の言論界の両方に足跡を残した人物でした。

幕臣でありながら国際感覚に優れ、日本の近代化を支えた知識人の代表格といえます。

幕末から明治への転換期を象徴する人物の一人です。

『坂の上の雲』との関係

『坂の上の雲』で描かれる近代日本は、幕末の近代化政策の延長線上にありました。

栗本鋤雲は小栗忠順とともに横須賀製鉄所建設や対仏外交に関わり、日本の近代国家建設の基礎づくりに貢献しました。

秋山真之や東郷平八郎の時代を支えた近代海軍の源流を理解する上でも重要な人物です。

栗本鋤雲の歴史的意義

  • 幕末を代表する外国奉行だった
  • 親仏政策の中心人物だった
  • 横須賀製鉄所建設に関わった
  • パリ万博使節団に参加した
  • 近代ジャーナリズムの発展に貢献した

栗本鋤雲のポイントまとめ

  • 幕末の幕臣・外交官である
  • 外国奉行として活躍した
  • 小栗忠順とともに近代化政策を推進した
  • 1867年にフランスへ渡った
  • 明治時代は新聞人として名を残した

関連年表

よくある質問(Q&A)

栗本鋤雲とは誰ですか?
幕末の幕臣・外交官であり、明治時代には新聞記者として活躍した人物です。
どのような役職を務めましたか?
外国奉行や軍艦奉行、昌平坂学問所頭取などを歴任しました。
小栗忠順との関係はありますか?
小栗忠順 とともに幕府の近代化政策や横須賀製鉄所建設に関わりました。
なぜフランスと関係が深かったのですか?
幕府の親仏政策を支え、フランス公使レオン・ロッシュとの外交に携わったためです。
パリ万博に参加したのですか?
1867年のパリ万国博覧会に徳川昭武の随員として参加しました。
明治時代には何をしましたか?
『横浜毎日新聞』や『郵便報知新聞』で活躍し、近代ジャーナリズムの発展に貢献しました。
栗本鋤雲を理解すると何が分かりますか?
幕府近代化政策と明治初期の新聞・言論活動の両方を理解できます。

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