五稜郭の戦いとは|戊辰戦争最後の戦いをわかりやすく解説

五稜郭の戦い(ごりょうかくのたたかい)は、1869年に北海道・函館で行われた戦いです。
旧幕府軍と新政府軍が戦い、戊辰戦争最後の戦闘として知られています。
この戦いによって旧幕府軍は完全に敗北し、日本は本格的に明治時代へ進んでいくことになりました。
→ 詳しいQ&Aはページ下部をご覧ください
目次
五稜郭の戦いとは簡単にいうと?
簡単に言えば、五稜郭の戦いとは「旧幕府軍最後の戦い」です。
- 1869年に函館で発生
- 戊辰戦争最後の戦い
- 榎本武揚らが抵抗した
- 土方歳三も参加した
- 旧幕府軍敗北で戦争終結
なぜ五稜郭の戦いが起きたのか
旧幕府軍の北上
鳥羽・伏見の戦いや江戸城無血開城の後も、旧幕府軍の抵抗は続いていました。
旧幕府海軍を率いた榎本武揚は、艦隊を率いて北海道へ向かいます。
そこで旧幕府軍は、新たな拠点づくりを進めました。
蝦夷地政権の成立
旧幕府軍は函館周辺を支配し、蝦夷地政権を樹立します。
その中心拠点となったのが五稜郭でした。
しかし、新政府軍はこれを認めず、北海道へ進軍を開始します。
五稜郭とは?
五稜郭は、西洋式要塞として建設された星形の城郭です。
函館防衛のためにつくられ、日本でも珍しい洋式城郭として知られています。
その独特な形状は、現在でも函館を代表する観光名所となっています。
戦いの経過
新政府軍は海陸両面から函館を攻撃しました。
旧幕府軍は激しく抵抗しますが、兵力や物資で劣勢となっていきます。
また、この戦いでは土方歳三が戦死したことでも有名です。
最終的に榎本武揚は降伏し、五稜郭の戦いは終結しました。
五稜郭の戦いの影響
この戦いによって、戊辰戦争は完全に終結しました。
新政府は全国支配を確立し、本格的な明治国家建設を進めていきます。
また、武士の時代終焉を象徴する戦いとも言われています。
『坂の上の雲』との関係
『坂の上の雲』の舞台は明治時代です。
五稜郭の戦いは、その明治国家成立直前の重要な戦いでした。
秋山兄弟や正岡子規たちが生きる「新しい日本」は、この戦い後に本格的に始まっていきます。
五稜郭の戦いの歴史的意義
- 戊辰戦争を終結させた
- 旧幕府軍最後の抵抗となった
- 明治政府全国支配を確立した
- 武士時代終焉を象徴した
五稜郭の戦いのポイントまとめ
- 1869年に函館で発生
- 戊辰戦争最後の戦い
- 榎本武揚が中心人物
- 土方歳三が戦死した
- 明治時代本格化の象徴

