明石元二郎と秋山好古の卓論|囲碁盤の上で語られた第一次世界大戦の行方

明石元二郎と秋山好古は、ともに明治陸軍を代表する名将として知られています。
一方は諜報の名手、もう一方は日本騎兵の育成に尽くした実戦派の軍人でした。
そんな二人には、もう一つの共通点がありました。
それが、囲碁です。
互いに実力を認め合う好敵手であり、碁盤を前にすると軽口をたたき合いながらも、そこには深い信頼と敬意がありました。
本記事では、明石元二郎と秋山好古が囲碁を打ちながら交わした会話を通して、明石の卓越した情勢判断と、第一次世界大戦の行方を見抜く洞察力をご紹介します。
碁盤上の信玄と謙信

ある日、秋山好古が明石元二郎のところにやってきます。
一局どうだ?敵討ちに来たぞ。
すると明石も負けじと応じます。
うん、やってもいいけど、返り討ちにされる覚悟はあるか?
好古はすかさず笑って言い返します。
馬鹿を言うな!今のところ君の方が負け越してるじゃないか。
すると明石は、
いや、そうじゃない、僕の方が一面(1回)だけ勝ち越している!
と譲りません。
そんなやり取りの末、好古は二人の関係をこう表現しました。
ハハハ、一面ぐらいじゃ心細いわ。でも、まあどっちにしても互角の敵だ。まるで武田信玄と上杉謙信といったところだな。
ハハハ、それにしては二人とも弱すぎる武田と上杉だね。
いやいや、そんなこと言っちゃいけないよ。年中二人だけで闘っていれば、天下に二人の外に敵はいないって思えるじゃないか。
ハハハ、負け惜しみが強いの。しかし全くのところ、二人の碁は二人だけのもので、他の人と打ってもどうも面白い碁にはならんね。
まあ、正直に言えばその通りだ。
もちろん、そこには冗談も混じっています。
しかしこの言葉からは、単なる碁敵ではなく、互いを真の好敵手と認める二人の関係がよく伝わってきます。
しかも二人は、他の相手と打ってもそれほど面白くないが、互いと打つ時だけは別格だと語っています。
つまりこの囲碁は、勝ち負け以上に、知略と感性がぶつかり合う場だったのでしょう。
囲碁の最中に語られた戦局論
碁を前にした雑談は、やがてヨーロッパ情勢へと及びます。
そこで秋山好古は、第一次世界大戦下のドイツの動きについて明石に問いかけます。
それにしても、ヨーロッパの情勢がちょっと変なことになってきたじゃないか。日露戦争のときに君がやりかけたことを、今度はドイツが引き継いでやり始めたよ
ロシアの過激派をドイツが利用して、ロシアを根底から覆そうとしていることか。
そう、それだ。
あれをどう思う?
さすがにドイツは凄い腕だと思うね。良いところに目をつけたよ。あれで連合軍の勢力はかなり削がれてしまうだろう。
いや、ところがそうじゃない。もともとロシアの過激派という奴は、火の玉と同じだ。
と、明石は静かに説明を始めます。
ドイツはその火の玉を握って投げつけているけど、投げつけられた場所が焼かれるのは当然だが、火の玉を握って投げる奴も火傷をするに決まっている。特に、たくさん投げるうちには投げ損ねることもあるだろう。その時は、自分の周りまで焼かれることになるだろうね。あのドイツの政策は、ロシアに致命傷を与えると同時に、ドイツ自身も重傷を負うことになるだろうよ。
このたとえは実に鮮やかです。
明石は、革命勢力の利用は確かに敵国を弱らせる効果があるが、その力はあまりにも危険で、使う側まで傷つけかねないと見ていました。
つまりドイツは、ロシアを揺さぶることには成功しても、その混乱の余波を自国にも招き寄せることになる、と予見していたのです。
明石元二郎の慧眼
この会話の中で特に興味深いのは、明石が自分自身の過去の工作と、ドイツのやり方との違いを意識している点です。
しかし君、君もその火の玉を掴んだ人間じゃないか?
いや、僕は掴んだんじゃない。火の玉の側まで行って、マッチで火をつけただけだよ。だから火の玉で焼かれる恐れはなかったんだ。
この一言には、明石の諜報観がよく表れています。
つまり彼は、革命運動そのものを自ら抱え込んだのではなく、あくまで外から条件を整え、火が燃え広がるきっかけを与えただけだ、という認識だったのでしょう。
ここには、工作の効果だけでなく、その危険性と距離の取り方まで計算に入れる、明石らしい冷静さがうかがえます。
なるほど。過激派を火の玉とは、うまい事言うな。
とにかく、火の玉の勢いが、現にドイツの戦線の上に現れているじゃないか。
近頃、ドイツが盛んに退却しているということか?
そうさ。
あれは本当の退却じゃないだろう。牽制しているんじゃないか?
いや、牽制じゃない。牽制なら一部だけが退却するはずだけど、最近の状況を見ると全体的に退却している。あれを見ると、掴んだ火の玉が手元で燃え広がって、ドイツの内部にもだいぶ火傷ができているんだろうと思うよ。多分この観察は間違いないと思う。
うん、そう言われれば確かにそうだな。
さらに明石は、当時のドイツ軍の後退についても、単なる牽制ではなく、国内の動揺がすでに戦線に表れている兆候だと見抜いていました。
表面の戦況だけではなく、その背後にある国家内部の亀裂まで読んでいたわけです。
まあ、何でもいい、一局こっちの勝敗を決めようや。
ははは、一度ぐらいは持たせてあげてもいいぞ。
馬鹿を言え。ハハハ。
ハハハ。
そう言いながら、二人は碁を打ち始めます。
出典:『明石大将伝』杉山其日庵 著 博文館, 大正10年
実際に起きたドイツの混乱と敗戦
明石の見立ては、やがて現実のものとなります。
1917年、ロシアでは革命が起こり、帝政は崩壊しました。
この混乱は東部戦線に大きな影響を与え、ドイツにとっては一時的には有利に見えました。
しかし、革命や社会不安という「火の玉」は、やがてドイツ自身にも及んでいきます。
1918年秋になると、ドイツ国内でも政治的不満と社会不安が急速に高まり、ついにドイツ革命が勃発しました。
その結果、皇帝ヴィルヘルム2世は退位し、ドイツ帝国は崩壊します。
戦場では軍の疲弊が進み、国内では政治体制が揺らぐ。
こうしてドイツは、もはや戦争を継続できる状態ではなくなりました。
1918年11月11日、ドイツは連合国と休戦協定を結び、第一次世界大戦は事実上終結します。
さらに翌1919年にはヴェルサイユ条約が締結され、ドイツは領土の縮小、巨額の賠償、軍備制限といった厳しい条件を受け入れることとなりました。
明石が囲碁の席で語った「火の玉」の比喩は、まさにこの結末を先取りするものだったといえるでしょう。
囲碁が映し出す二人の知略
この逸話のおもしろさは、単に明石元二郎の予言が当たったという点だけではありません。
囲碁を通して、明石と秋山という二人の知将の個性が浮かび上がるところにあります。
秋山好古は、率直で豪放、相手の懐に飛び込むような人物です。
一方の明石元二郎は、静かに局面を観察し、目に見えない変化を読み取るタイプでした。
囲碁の盤上でも、また国家の戦略を論じる場でも、二人は互いの持ち味を知り尽くした上で向き合っていたのでしょう。
だからこそ、軽妙な冗談の応酬の中にも、ただならぬ緊張感と知性がにじみます。
碁盤の上の勝負は小さな一局にすぎません。
しかしその会話の中では、国家の命運さえ左右するような大局観が語られていたのです。
まとめ
明石元二郎と秋山好古は、囲碁を通して知略を競い合う好敵手でした。
その何気ない一局の中で、明石はドイツとロシアの関係、革命運動の危うさ、そして第一次世界大戦の行方まで見通していました。
革命勢力を「火の玉」とたとえた明石の言葉は、きわめて印象的です。
敵を焼くために投げた火が、やがて自らをも焼く。
この見方は、諜報の世界に身を置いた者ならではの現実感に満ちています。
囲碁盤をはさんで交わされたこの会話は、単なる軍人同士の雑談ではありません。
そこには、世界の大局を読む知性と、互いを認め合う好敵手同士の響き合いがありました。


