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児玉源太郎の名言・語録|決断力と統率力がわかる3つの言葉

  • 公開日:2022/06/29
  • 最終更新日:2026/04/21
児玉源太郎

明治日本を支えた名将、児玉源太郎。
彼は戦場の指揮官であると同時に、国家全体を動かす判断を下した「実務の人」でもありました。

その言葉には、単なる精神論ではない、現実を見据えた決断力と責任感がにじんでいます。

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ここでは、児玉源太郎の名言を、その背景とともにご紹介します。

今死ねば肩書きが多いから墓が立派になっていいよ

日露戦争開戦前の1898年(明治31年)に児玉源太郎は台湾総督に任命されます。1900年(明治33年)には台湾総督のまま陸軍大臣を兼任。そして1903年(明治36年)には内務大臣も兼任します。しかしこれだけの重任にもかかわらず、さらに文部大臣までも兼任しました。

その余りの任務の重大なのを心痛した友人は、源太郎に忠告します。 すると源太郎曰く、

なあに、 今死ねば肩書きが多いから墓が立派になっていいよ

と、一笑したといいます。

しかし、その年の10月参謀本部長の田村怡与造が急死します。田村の後任として次長の適任者がいなかったため、源太郎に白羽の矢が立てられました。ただ源太郎が参謀本部次長に就任するには現在の内務大臣を当然辞任してもらわなければなりません。それも親任官である内務大臣から勅任官である次長への転出はあきらかに降格となってしまいます。この人事を周りは危惧し、果たして源太郎が承諾していただけるかどうか...

ところが源太郎は、

ああ、いいよ

と、皆の心配をよそにあっさりと次長就任を承諾します。

■解説

この言葉には、二つの意味が込められています。

一つは、死をも恐れない覚悟
もう一つは、地位や名誉に執着しない姿勢です。

実際に児玉はその後、内務大臣という高位を捨て、参謀本部次長という実務の最前線に身を置きました。
これは名誉ではなく、「国家にとって最も必要な役割」を選んだ決断でした。

この際、陸軍が折れるべきでしょう

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明治新政府の要職は幕末維新で主導的な立場であった薩摩藩・長州藩出身者が占めており、とくに海軍は薩摩、陸軍は長州が派閥を形成し、互いに牽制しあっていました。西南戦争より主導権を握った長州陸軍により陸軍と海軍のバランスは「陸主海従」となっていましたが、日清戦争で大きな戦果をあげた海軍は勢いを盛り返し、この「陸主海従」の現況を改めようと、全軍の指揮権をめぐる主張をします。

日露間の緊張が高まるなか、陸軍・海軍の水面下での対立は続き、作戦計画は足並みが揃わず、陸軍大臣をつとめていた源太郎は、開戦を直前にひかえて全軍がまとまらなければ、強国ロシアに勝つことなどできないと考え、

この際、陸軍が折れるべきでしょう

と、山県有朋ら長老を説得し、山本権兵衛海軍大臣と会談します。児玉は山本に対し、

もし戦争をやるとなったら、陸海軍共に仲良くやりましょう

と語りかけ、山本も快く承諾して、まもなく第1回の陸海軍協同策戦による正式会議が開催されました。もし児玉源太郎の計らいがなければ、日露戦争は全く違った結果になっていたかもしれません。

■解説

児玉は陸軍の要職にありながら、自らの側が譲るべきだと判断します。

これは単なる調整ではなく、「勝つためには何が必要か」を最優先にした判断でした。

組織の利害ではなく、国家全体の勝利を見据える――
この視点こそが、児玉の本質です。

結果として陸海軍の協同体制が整い、日本は日露戦争を戦い抜くことができました。

火をつけた以上は消さにゃならんぞ

奉天の会戦の勝利により、この戦争を終結させるべく、急ぎ東京に帰ります。

首相の桂太郎に会い、「これ以上戦争を続ける余力はないしロシア軍をさらに追撃するのは不可能」という判断を確認すると、講和交渉への工作を続けます。

ロシアに内兜を見すかされてはつまらん

と、そこで源太郎はもう一つの作戦を打ち出します。

ロシア皇帝ニコライ2世を交渉の席につかせるには、圧力をかける必要があると判断し、樺太侵攻作戦を実行に移したのです。ロシアは世界最強と信じていたバルチック艦隊が日本海海戦で完敗したことと、そしてロシア領である樺太を占領されたことにより、動揺したニコライ2世はアメリカ大統領ルーズベルトからの講和勧告を受け入れました。

■解説

この言葉が示しているのは、「始めた以上、責任を持って終わらせる」という強い意志です。

戦争は勝つことだけが目的ではありません。
どう終わらせるかこそが、国家の命運を分けます。

児玉はその現実を冷静に見極め、感情ではなく戦略で戦争を終結へ導きました。

まとめ|児玉源太郎の名言が示すもの

児玉源太郎の言葉には、一貫した特徴があります。

それは、

  • 感情に流されない
  • 全体を見て判断する
  • 責任を最後まで引き受ける

という姿勢です。

彼の名言は、単なる美辞麗句ではなく、現実の中で決断を下した人物の言葉です。

だからこそ今なお重みを持ち、私たちに問いかけてきます。

「あなたは、その判断に責任を持てるか」と。

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