Z旗:皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ
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毎年5月27日になると、横須賀の記念艦「三笠」をはじめ、日本海海戦に縁のある各処で、恒例の如くZ旗が掲陽されます。今回はこのZ旗についての謂われをご紹介いたします。
1. Z旗(ゼットキ)とは
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Z旗(ゼットキ)とは、黄・青・赤・黒の四色で染められた国際信号旗の一つです。
国際信号旗とは、船同士の意思疎通に使われるもので、アルファベットや数字など、万国共通のデザインになり、Z旗は「タグボート(曳船)がほしい」という意味で使用されています。
もう一方で、Zがアルファベットの最後の文字であることから、 この戦いに敗れれば後がないという意味で、海戦の時に用いられることとなりました。イギリスのネルソン提督が、トラファルガー海戦の時、「英国は各人がその義務を尽くすことを期待する」 という意味を込めて、 はじめて用いたと云われます。
トラファルガーの海戦
1805年、ネルソン提督指揮のイギリス艦隊がフランス・スペイン連合艦隊を、ジブラルタル海峡北西のトラファルガー岬沖で撃破した海戦。この結果、イギリスは制海権を掌握し、ナポレオンのイギリス本土上陸作戦は挫折した。
ネルソン提督 Horatio Nelson
1758年~1805年
イギリスの海軍軍人で、世界三大提督の一人。フランス革命戦争中、1794年コルシカ攻略に際して片眼を失い、またカナリア諸島の戦いで右腕を失う。
1797年セント・ヴィンセント岬沖海戦に功を立て、翌年アブキール湾の戦いにフランス艦隊を破る。
1801年子爵、1803年地中海艦隊司令長官となる。
1805年トラファルガーの海戦で勝利するも、艦上で戦死する。
*世界三大提督とはネルソン(英)、ジョン・ポール・ジョーンズ(米)、東郷平八郎(日)の3人
2. 日本海軍とZ旗
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先刻の信号、整へり。直ちに掲揚すべきか。
小説『坂の上の雲』(運命の海)より
「先刻の信号」というのはかねて用意した特別の旗旒信号のことで、のちに有名になるZ旗がそれであった。
真之が許可を乞うと、東郷はうなずいた。
真之が、すぐ信号長へ合図した。四色の旗はやがて飄風のなかに舞い上がった。
日本海海戦:日露戦争
トラファルガーの海戦より100年後の、1905年(明治38年)5月27日、日本海海戦において、 ロシアの バルチック艦隊を目前にした日本連合艦隊旗艦「三笠」が、 ネルソンに倣い、
「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」(連合艦隊参謀・秋山真之の草案)
という意味を込め、士気の高陽を図るため使用します 。
このことについて、後にアメリカの海軍軍人で戦略家のマハンはこう述べています
然るにこの信号はその一半後訳されて左の如く海外に報道せられたり。
“The destiny of our Empire depends upon this action. You are all expected to do your utmost”
(皇国の興廃此一戦に在り、各員最上の努力をなさんことを期待せらる)一見明かなる如く、後半はトラファルガーに於けるネルソンの有名なる信号を学びし如き形に変造せられしこと遺憾なり。然れども、当時欧米に於て模倣として笑する者なく、皆これを歎美し、全艦隊を激励せしこと深かるべきを説けたり
マハン大佐戦評(『コリーアス誌』1905年6月より)
一方で、伊予水軍の末裔である秋山真之が研究した、「能島流海賊古法」に記されている、
「主戦とは我亭主となり彼客となるの意なり 主戦は客戦と違い兵糧武具何事に付けても求め易けれども、 勝利を得ざれば国の存亡にもかかる故に、客戦よりも大切なり」
にも通じていると云われます。
真珠湾攻撃:太平洋戦争
日本海海戦の大勝利の後にも、日本海軍では重要な海戦の際に、Z旗を掲げることが慣例化します。
太平洋戦争の真珠湾攻撃の際、奇襲部隊の空母「赤城」もZ旗を掲げています。その時の長官訓示が下記となります。
「皇国の興廃繋りて此の征戦に在り、粉骨砕身各員其の任務を全うせよ」
(連合艦隊参謀長・宇垣纏の起案)
3. Z旗の慣例
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「Z旗」の慣例は今日でも、スポーツ競技、選挙、受験、そして企業の開発競争など、勝利を祈願する「大事な一戦」に於て用いられています。
例えば、トヨタ自動車は、1966年(昭和41年)、日産サニーに対抗する新エンジンの開発を急いでいました。昼夜問わず、設計変更を繰り返し試作しますが、その時の関連書類にはすべて朱色の「Z」印が押されます。日露戦争の日本海海戦で掲げられた「Z旗」に因んで、「すべての作業に優先せよ」 という意味が込められていたのでした。こうして誕生した車が「初代カローラ」です。
一方、スポーツカー開発に社運をかけた日産自動車は、開発工場に「Z旗」を掲げます。これに因み名づけられた車が「フェアレディZ」になります。
また、スポーツ競技でも、2007年(平成19年)の「第83回東京箱根間往復大学駅伝競走」で、5年ぶりのシード権獲得した古豪早稲田大学のエンジの襷には、勝利を願う「Z旗の勝守」が縫い付けられていました。
4. 国際信号旗の種類
信号旗は国際船舶信号で定められており、ローマ字で表す26枚、回答旗1枚、数字旗10枚、代表旗3枚、合計40枚からなります。 それぞれの旗は、白、赤、黄、青、黒の5色からなり、各旗の組み合わせで一字~四字信号まであります。(一旒~四旒)
ローマ字旗
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私は潜水夫を降ろしている
微速で十分避けよ
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私は、危険物を荷役中、または運送中である
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Yes (はい・肯定)
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私を避けよ
私は操縦が困難である
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私は針路を右に変えている
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私は操縦できない
私と通信せよ
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私は水先人がほしい
私は揚網中である(漁場で接近して操業している漁船)
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私は水先人を乗せている
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私は針路を左に変えている
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私は火災中で、危険貨物を積んでいる
私を十分避けよ
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私はあなたと通信したい
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あなたはすぐに停船されたい
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本船は停船している
行き足はない
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No (いいえ・否定)
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人が海中に落ちた
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本船は出港しようとしている
全員帰船されたい(港内で)
本船の漁網が障害物にひっかかっている(洋上での漁船)
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本船は健康である
検疫上の交通許可を求める
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逆コース信号
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本船は機関を後進にかけている
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本船を避けよ
本船は2艘引きのトロールに従事中である
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あなたは危険に向かっている
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私は援助がほしい
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私は医療の援助がほしい
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実施を待って、私の信号に注意せよ
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本船は走錨中である
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私は引き船がほしい
私は投網中である(漁場で接近して操業している漁船)
※日露戦争当時では、白旗と X ・ G ・ E旗 を掲げれば、「我レ降伏ス」という意味になります。
数字旗
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写真はCORUM(コルム)のAdmiral’s Cup(アドミラルズカップ)という時計で、 世界4大ヨットレースの1つイギリスの「アドミラルズカップ」に捧げるために作られたモデルです。この時計のダイアルは国際信号旗の数字旗を配し仕立てています。