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京都黒谷(金戒光明寺)

黒谷

紫雲山と号し浄派の始祖法然上人の住蹟にして寺号を光明寺と称す

寺内に熊谷直実が鎧掛松及紫雲石等著名なり境地は総て幽邃凄愴宛ら深山幽谷に彷徨するの威あらしむ

明治33年発行『日本名勝百景』より

黒谷の概要

京都市左京区吉田山東南部の金戒光明寺が所在する一帯の地名。転じて金戒光明寺の通称。

1175年(安元元年)法然が比叡山を下った後、草庵を結んだと伝えられる。法然の比叡山での修行の地であった西塔北の谷の黒谷にちなみ、当初は新黒谷とよばれた。

金戒光明寺は、室町時代念仏と戒律の寺として公武の信仰を集め、1585年(天正13年)には寺領130万石、1610年(慶長15年)には紫衣の寺となった。

金戒光明寺

金戒光明寺
金戒光明寺
別称
黒谷
所在地
京都市左京区
宗派
浄土宗鎮西派

浄土宗四箇本山の一つ。

1175年(安元元年)法然房源空が比叡山西塔黒谷をでて住んだ禅坊の跡といい、新黒谷とも白河禅房ともよばれた。

四世恵尋のとき仏殿・御影堂をたて紫山山光明寺と号し、八世運空のときに後光厳天皇から「金戒」の二字を下賜された。

応仁・文明の乱の兵火で焼失、のち鎮西派の理聖が再興。

山越阿弥陀図(重要文化財)と法然真筆と伝える一枚起請文を所蔵。

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