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日清戦争開戦と高陞号事件

  • 公開日:2022/07/28
東郷平八郎

1894年(明治27年)7月25日、日清戦争開戦時に東郷平八郎艦長の指揮する巡洋艦浪速がイギリス商船高陞号を撃沈する事件が起こりました。

1. 高陞号事件

高陞号撃沈の図

午前十時、済遠をさがしていた浪速は、べつの目標を発見した。大型汽船であった。
マストに英国旗をかかげているが、眼鏡でとらえたところでは清国陸軍の将兵を満載していることがわかった。
「ただちにとまれ。ただちに投錨せよ」
と、浪速は信号をあげた。
浪速からボートが出、士官が派遣された。その報告によると、この英国汽船「高陞号」は清国が陸兵輸送のためロンドンのジャーデン・マジソン・コンパニーからやとい入れたもので、現在、陸兵千百人、大砲十四門とつみ、牙山に上陸させようとしているという。
浪速の艦長は、大佐東郷平八郎であった。
かれは英国船長に対し、
「その船をすてよ」
と信号で命じた。
ところが、高陞号の船内は騒然としており清国兵は船長以下をおどし、下船させなかった。東郷はこの間の交渉に二時間半もかけたあげく、マストに危険をしらせる赤旗をかかげ、そのあと、撃沈の命令をくだした。浪速は水雷を発射し、ついで砲撃した。
高陞号はしずんだ。

小説『坂の上の雲』(日清戦争)より
東郷平八郎大佐

朝鮮に出兵した清国軍への増援部隊を載せたイギリス商船「高陞号」を、東郷平八郎艦長の指揮する巡洋艦「浪速」が捕獲しようとしたが、同船が命令に応じなかったため撃沈します。

撃沈した高陞号の乗船者のなかで、浪速が救助したのは、ガルスウォルスィー船長とルィース・ヘンリー・タンプリン一等機関士にルーカス・エヴァングリスター按針手の3名だけであった。東郷艦長は欧人の救助には努めたものの、ウィリアム・ゴルドン一等機関士と二等・三等運転士と機関士など4名の英国人や、旅客のドイツ人退役陸軍士官フォン・ハイネッケンは救助できなかった。

高陞号には、この欧人の他に3名のマニラ人と64人の水夫がいたが、東郷は彼らを救助する意志すらなかった。清兵に至っては、救助するどころか、海中に脱して逃れる兵士を射撃し、結局、1,030名の溺死者を出しています。

2. 国際問題

この事件に関して、イギリスは日本政府に、

日本海軍将校の措置から生じた、英国民の生命財産の損害に関しては、日本政府はその責に任ずべきものである

と、抗議してきました。

これに政府は慌て、海軍大臣の西郷従道は、いろいろと弁明しますが、閣僚たちはこれを聞き入れず、殊に伊藤博文首相は、

こんな重大事件を惹き起して、海軍はその責任をどうするつもりだ💢

と、卓上を叩きながら怒鳴りつけたといいます。

しかし、当の東郷平八郎は、

東郷の致したことに不条理はござらぬ

と、一歩も譲らなかった。

この時、東郷は、もし国家に累を及ぼすようなことがあったならば、その時は自決する覚悟を決めていたと云います。しかしながら、事は国と国との問題であり、ただ単に死んで罪を陳謝するというぐらいでは事は済まないという問題となっていました。イギリスでは興奮のあまり、東郷の態度を非難詰責する声が囂々とします。

3. 国際法学者ホルランドの見解

日本政府は末松謙澄内閣法制局長官に事件の調査を行わせ、高陞号は敵対行為と知りつつ航行していたと断定し、日本に非はないとの弁明を行います。やがてイギリスもその真相が判明すると同時に、東郷の措置は当然であるという、有力な正論が現れるようになりました。

とくに、著名な国際法学者ホルランドが、ロンドンタイムズ紙上に、論文を掲げて、日本の主張を認めたので、英国政府は対日批判をゆるめます。

高陞号が撃沈された時は、すでに戦争の始まった後である。蓋し、戦争というものは、豫め宣告することなくして、これを始めても、少しも違法の措置ということはできない。このことは、英国及び米国の法定で、幾度となく確定せられたところである。
さればたとへ高陞号の船員は、初め戦争が既に起こったことを知らなくても、日本の士官がわが船に乗りこんで来た時、これを承知したものと見做さねばならぬ。
この時に当たってその船が英国の国旗を掲げていたといないとは、敢えて注意するにたらない一些事に過ぎない。
当時日本の軍艦は、捕獲の目的をもって、高陞号に兵員を乗船せしむることは、とうてい実行できないという見込みをもっていたので、日本の艦長は、高陞号をその命令に従はしむるためには、いかなる暴力を用いるとも、それは固よりその権内にあることを知らねばならぬ。そもそも、高陞号には、日本軍攻撃のため派遣せられた遠征の一部隊が乗船していたので、日本人がその目的に達することを防止するためには、これを撃沈したことも、正当の所為といはねばならぬ。
また沈没後に救助せられた船員は、何れも規則通り、自由の身となることができたので、この点もまた日本の行為は、国際法に違反したものということはできない。
故に日本政府は、これがため決して英国に対するの義務なく、また船主及び溺死せる欧人等の家族は、日本に対して、損害を要求する権利はない。

ホルランドの国際法的見解より

4. 海事裁判の判決

さらに、8月7日には長崎の英国領事館で、ジョン・I・クイン英国領事を裁判長とする海事裁判所が開廷され、高陞号撃沈の第一責任は清国にあるとの宣告がなされ、ついで18日に上海で開廷した海事裁判所でも、この事件の損害賠償は日本政府にはないとの対英勧告が出されたことから、事件は沈静化します。

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